新興国の経済政策比較—新興民主主義国とポスト社会主義国の比較から

代表

仙石 学(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター・教授)

共同研究員

油本 真理(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター・助教)、磯崎 典世(学習院大学法学部・教授)、井上 睦(北海学園大学法学部・講師)、上垣 彰(西南学院大学経済学部・教授)、小森 宏美(早稲田大学教育・総合科学学術院・教授)、仙石 学(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター・教授)、林 忠行(京都女子大学現代社会学部・教授)、村上 勇介(京都大学東南アジア地域研究研究所・教授)、横田 正顕(東北大学大学院法学研究科・教授)

期間

平成29年4月~平成31年3月

目的

本研究課題は、1970年代以降に政治体制の転換と経済のグローバル化への対応を同時に進めてきた中東欧、旧ソ連諸国、南欧、ラテンアメリカ、および東アジアのいわゆる「新興国」における「ポストネオリベラル期」の経済政策を比較することで、グローバル化と反グローバル的な動きとが同時並行で進展している現在の経済状況への対応の形およびその相違について検討することを目的とする。1990年代には世界的な「ネオリベラリズムの波」が生じ、多くの新興国では規制緩和や税制改革、福祉削減などの政策が実施された。だが2000年代の中頃からは、TPPやFTAの拡大により経済のグローバル化をさらに進めようとする動きが見られる一方、ネオリベラリズムが唯一の処方箋という状況は終焉し、中にはネオリベラル的な動きに反する経済政策を実施する国も多く現れている。本研究はこのポストネオリベラル期における各国の経済政策の比較を通して、それぞれの国で特定の政策が採択された理由およびその国ごとの相違を明らかにするとともに、グローバル化した経済のもとでの望ましい経済政策のあり方についても、検討を行うこととしたい。なおその際に本研究では、「1970年代以降に民主化した諸国」と「ポスト社会主義国」との比較を並行して行うこととする。これは従来の新興民主主義国が同じ環境の中で「民主化」を進めたにもかかわらず相違が生じているという視点に加えて、同じ社会主義体制という経験を有しながら民主化した国とそうでない国が存在するという別の比較の視点を加えることで、比較をより重層的に進めることを目指すためである。

研究実績状況

[ 平成29年度 ]
今年度は本研究ユニットと、科学研究費補助金・基盤研究(B)「ポストネオリベラル期における新興民主主義国の経済政策、ならびにスラブ・ユーラシア研究センター共同研究斑「スラブ・ユーラシア地域における『ポストネオリベラル期』の経済政策比較」と合同で「新興国の経済政策比較」研究会を2回実施することとしていたが、その1回目(通算3回目)を2017年11月5日に、第2回(通算で4回目)を2018年2月27日に、それぞれ実施した。

「新興国の経済政策比較」(旧「中東欧とラテンアメリカのいまを比較する」)第3回研究会
日時:2017年11月5日(日曜) 14:30〜17:30
会場:学習院大学東2号館13階 法学部大会議室
報告者および報告タイトル:
 上垣彰(西南学院大学)「トランプ現象とロシア経済」
 村上勇介(京都大学)「今世紀のラテンアメリカにおける『ポピュリズム』」
 仙石学(北海道大学)「ヴィシェグラード諸国におけるネオリベラリズムとポピュリズム」

「新興国の経済政策比較」(旧「中東欧とラテンアメリカのいまを比較する」)第4回研究会
日時:2018年2月27日(火曜) 15:00〜17:00
会場:早稲田大学16号館 605号室
報告者および報告タイトル:
 油本真理(北海道大学)「ロシアにおける反汚職政策の展開―公職者の資産公開制度を事例として」
 馬場香織(北海道大学)「麻薬紛争下メキシコにおける市民の蜂起-ミチョアカン自警団とその成果に関する考察」

[ 平成30年度 ]
今年度は本研究ユニットと、科学研究費補助金・基盤研究(B)「ポストネオリベラル期における新興民主主義国の経済政策、ならびにスラブ・ユーラシア研究センター共同研究斑「スラブ・ユーラシア地域における『ポストネオリベラル期』の経済政策比較」と合同で、「新興国の経済政策比較」研究会を2回開催した。その概要は以下の通りである。

「新興国の経済政策比較」第5回研究会
日時:2018年7月29日(日曜) 14:30~16:30
会場:明治学院大学白金キャンパス本館9階 92会議室
報告者および報告タイトル:
 横田正顕(東北大学)「ポスト欧州危機の時代における南欧『運動政党』の比較」
 中田瑞穂(明治学院大学)「アンドレイ・バビシュとANOのデモクラシー観とチェコ政治の現状」

「新興国の経済政策比較」第6回研究会
日時:2019年1月5日(土曜) 13:30〜17:45
会場:京都女子大学東山キャンパス S309号室
報告者および報告タイトル:
第1セッション 欧州におけるポピュリズム 13:30-15:30
 林忠行(京都女子大学)「チェコとスロヴァキアのポピュリズムの諸相」
 横田正顕(東北大学)「欧州危機後の南欧におけるポピュリズム政治の明暗」
第2セッション ラテンアメリカの政党システムの変容 15:45-17:45
 馬場香織(北海道大学)「レガシーの終焉?―メキシコ2018年選挙と政党システム」
 村上勇介(京都大学)「低成長期ペルーの政党システム─不安定性の継続」

研究成果の概要

[ 平成29年度 ]
今年度は上記の通り、東欧・ロシア・ラテンアメリカにおけるポピュリズムのあり方の比較に関する研究会を実施し、またロシアとメキシコにおける社会政策に関わる研究会を実施する予定である。1回目の研究会においては、「ポピュリズムとネオリベラリズム」と題して、上記の3つの報告をもととした議論を行った。上垣はトランプ大統領の登場が世界の政治経済状況を流動化させたことを示した上で、それをロシアのプーチン体制と比較することでプーチン体制の脆弱性が明らかにされたこと、村上はラテンアメリカにおけるポピュリズムが古典的なものから新自由主義時代を経て急進的なものに向かっているが、それが現れるかどうかは国により異なること、仙石はヴィシェグラード諸国を事例として、社会主義期以来のネオリベラル的な政策のあり方の違いが各国のポピュリズムのあり方に違いをもたらしていることを提示した。その後の議論においては、ポピュリズムとはそもそも何かといった根源的な議論から、地域ごとにおけるポピュリズムの現れ方の相違の背景、民主主義国でないロシアにおけるポピュリズムの問題など、様々な議論が提起された。この3地域の比較を通して、ロシアのポピュリズムの特異性、ポピュリズムの定義、直接民主主義とポピュリズムの関係、政治制度(大統領制か議会制か)ポピュリズムの現れ方の相違、あるいは貧困層の増大と「再配分を求めないポピュリズム」の奇妙な共存などに関する議論が展開された。
 第2回の研究会においては、ロシアにおける反汚職政策、並びにメキシコの麻薬紛争と対麻薬政策という、社会政策と経済政策の関連に関する比較が行われた。油本はロシアにおける資産公開制度の導入とその変化について検討を行い、制度の導入段階では国内からの批判は弱かったものの、その後国内からの批判が強まると政権は政策を転換したが、それは野党からの要求とは異なる形で実施されたことを整理した。馬場はメキシコにおける麻薬紛争に対する自警団運動の発展とその成果について検討し、「安全保障の罠」が存在する限りは自警団運動が今後も市民にとっての選択肢となりうることを提起した。その後の議論では、資産公制度や安全保障の罠の意味、汚職と政局の関係、政治制度と汚職、あるいは国家のガバナンス形成の失敗の背景などについて、広範な範囲の議論が展開された。

[ 平成30年度 ]
今年度は、欧州における近年のポピュリズムの動向、およびラテンアメリカにおける政党システムの変容の分析を行い、そこからみられる近年の政治と経済の変容に関わる状況を分析した。
 1回目の研究会では、欧州のポピュリズムに焦点を絞った分析を行った。ここではまず横田がポルトガル・スペイン・イタリア・ギリシャの4カ国における、運動から政党へという形をとる「運動政党」の出現の仕方についての検討を行い、運動が既存政党に吸収されたポルトガル、運動政党が既存政党的な形態をとったギリシャ、非伝統的な方向に向かったイタリア、そしてギリシャとイタリアの折衷的な形となったのがスペインということを明らかにした。中田はチェコにおける新党ANOの拡張について分析を行い、ANOは反エスタブリッシュ改革施行の企業家政党であるが、メディアの支配や買収・汚職、権力の恣意的利用といった問題を抱えていて、与党となることでその傾向がさらに加速されていることが示された。これらの報告に対しては、汚職と汚職認識の関係、南欧において相違が生じた背景、南欧およびチェコにおける政党システムの変容の背景、あるいは経済政策と既存政党の衰退の関係などに関する議論が提起された。
 第2回の研究会は2年間の共同研究の総括の意味もあり、欧州におけるポピュリズムとラテンアメリカの近年の政党システムの変容を包括的に議論するワークショップを開催した。第1セッションでは、林はスロヴァキアの政党スメル(Smer-SD: 方向—社会民主主義)に焦点を当ててそのポピュリスト性に関する議論を行い、スメルはポピュリスト的性格も有するが労組をバックとしている点ではポピュリスト政党とも言い切れないことを指摘した。横田は南欧諸国におけるポピュリスト政党の現れかたの違いについて前回の報告を引き継ぐ議論を行い、経済危機を媒介とした政治危機の有無が各国の経緯を分けたことを指摘した。これらの報告に関しては、ポピュリズムという概念の核となるものや概念の有用性に関する議論が提起された。第2セッションでは、馬場はメキシコにおけるモレナの台頭は空白だった左派の領域を埋めるもので、政党システムを大きく変更させるものではないことを指摘した。村上はペルーにおける政党システムの現状を検討し、政党の個人化と政党間連携の欠如が政党システムの安定化を妨げていることを指摘した。これらの報告に対しては、政党システムの「安定・変容」の意味や、メキシコでの「左派」支持の広がりとペールにおけるその欠如という相違が生じた理由などについて議論が提起された。

公表実績

[ 平成29年度 ]
上にあげた研究会を公開で実施したほか、村上勇介編『「ポピュリズム」の政治学─深まる政治社会の亀裂と権威主義化』(国際書院、2018年3月刊行)において、仙石・村上が11月の研究会での報告を論文としてまとめている(タイトルは村上「21世紀ラテンアメリカにおける『ポピュリズム』の典型─ベネズエラのチャベス政権とその後」、仙石「東欧におけるポピュリズムとネオリベラリズム-ヴィシェグラード諸国の事例から」)。

[ 平成30年度 ]
現時点では上の2回の公開研究会を実施した他、仙石が昨年度の研究会での報告内容の一部を「2017年チェコ下院選挙」『混迷する欧州と国際秩序(平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業委託報告書)』(日本国際問題研究所、2018年3月<実際の刊行は6月>)として公刊し、上垣が同じく昨年度の研究会で報告した内容を「トランプ現象とロシア経済」『ロシア・東欧研究』46号(2018年5月)として公刊した。馬場も昨年度の研究会での報告内容を「麻薬紛争下の市民の蜂起:ミチョアカン自警団運動に関する考察」星野妙子編『メキシコの21世紀』(アジア経済研究所研究双書、2019年2月)として公刊した。また以下に記載した通り、2年間の成果を取りまとめた論文集を作成の予定である。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[ 平成29年度 ]
次年度も引き続き研究会を2回程度実施し、その成果を含めた研究成果を取りまとめたものを、CIASの時期と同様に論文集として刊行の予定である。 

[ 平成30年度 ]
この研究の成果については、現在商業出版もしくは北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの研究報告集のいずれかの形での論文集の公刊を予定している 

 

あわせて読みたい