中央ユーラシアおよび中東ムスリムの家族・ジェンダーをめぐる規範:言説とネットワークの超域的展開

代表

磯貝 真澄(東北大学東北アジア研究センター・助教)

共同研究員

磯貝 真澄(東北大学東北アジア研究センター・助教)、帯谷 知可(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、佐々木 紳(成蹊大学文学部・准教授)、宗野 ふもと(筑波大学人文社会系・研究員)、竹村 和朗(高千穂大学人間科学部・准教授)、和崎 聖日(中部大学人文学部・講師)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

 旧ソ連圏の中央ユーラシアで、歴史的にイスラームの規範を尊重する定住社会が維持された地域は、ロシアのヴォルガ・ウラル地域(ヴォルガ中下流域、ウラル南麓)、中央アジア南部のオアシス地域、コーカサス地方である。これらの地域の人びとは、イスラーム信仰を公認するロシア帝国の統治の後、宗教に否定的なソ連体制の下で暮らし、ソ連解体後に宗教実践を開始・強化したという共通の集団的経験を有する。彼らは概して、帝政期まではオスマン帝国やエジプトのムスリム社会と国際的な人的・知的ネットワークを有し、そしてソ連解体後に中東とのネットワークを構築したことでも知られる。
 本研究の目的は、中央ユーラシアと中東という2つの地域の間で、ムスリム家族とジェンダーをめぐる規範を語る言説の類似を生じさせた人的・知的ネットワークを、総合的かつ実証的に解明することである。その際、中央ユーラシアを軸とし、帝政末期からソ連初期(19世紀末~1920年代)と、ソ連末期(1980年代)から現在という、体制転換を含み、かつ中東とのネットワークの存在が認められる2つの時期に、焦点を合わせる。

研究実績状況

本年度1回目の研究報告会として、第3回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会を9月12日(土)にオンラインで開催した。共同研究の進展だけでなく研究成果の公開も狙ったものだが、その目的に対して十分な、20名の参加申込み、17名の参加を得た。竹村和朗氏が「“相続システム”の現状:エジプトの生前贈与の事例から」という研究報告を行い、磯貝真澄が討論をした。本年度2回目の研究報告会として、2月8日(月)に上述の研究会の第4回を開催する。29名の参加申込みを得ており、佐々木紳氏が「アフメト・ミドハトとファトマ・アリイェ:あるいはハイブリッドな評伝の虚実」という研究報告を行う。和崎聖日氏は、ウズベキスタン科学アカデミー歴史研究所のアドハムジョン・A・アシロフ氏とともに、研究成果を映画『グリ・アルムガーン:ウズベキスタンの女性たちによるイスラーム儀礼』の上映によって公開する予定である。2月12日(金)〜22日(月)には、第6回東北大学若手研究者アンサンブルワークショップのポスターセッションで発表を行う。さらに、3月21日(日)に日本中央アジア学会年次大会で、パネル「中央ユーラシアの家族とジェンダー:規範・言説・ネットワーク」を組織する準備をしている。

研究成果の概要

 研究対象の時期のうち、帝政末期については、研究目的に相当程度到達することができた。次の諸点を解明することができた:
・ロシア語で著された最初期のムスリム女性論、またはムスリム女性解放論の内容の詳細
・ロシア語による最初期のムスリム女性解放論が、オスマン帝国やイギリス帝国領インドのムスリムのジャーナリスト、作家や法学者等の著作を参照して著されたこと
・ヴォルガ・ウラル地域のテュルク語で著された、ムスリム家族や女性をめぐる規範論の最初期のものは、オスマン知識人の著作を参照したものであるが、ロシア帝国のイスラーム宗務行政の施策を契機として執筆・刊行された可能性が極めて高いこと
・ヴォルガ・ウラル地域のテュルク語でムスリム女性によって、読者にムスリム女性を想定して著された規範論の最初期のものが、やはりイスラーム宗務行政の施策を契機に公刊された可能性が極めて高いこと
これらの諸点に基づき、ロシア帝国の中央ユーラシア、オスマン帝国、イギリス帝国のインドの間でのムスリムの人的・知的ネットワークを可視化することができる。
 研究対象時期のうち、現代についても研究目的に近づくことができた。中央アジア、特にウズベキスタン共和国では、国家法に基づく離婚ではなく、慣習法化した「イスラーム法」による離婚が増え、その際に国家法上の離婚やイスラーム古典法であれば守られるはずの女性の財産上の権利が保障されないことが判明した。他方、エジプトでは国家法である相続法はイスラーム古典法をもとに整備されたものだが、国民の中には相続分における男女差を問題視する人びとがいる。そして、夫が相続法によらずに生前に妻に土地を無償で譲渡し、夫の死後の妻の生活保障をしたと考えられる事例が明らかにされた。すなわち、現在のムスリム国家・地域における国家法と慣習法をめぐる、単純ではない構図が見えてきた。

公表実績

□共同研究としての公表
・第3回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会:9月12日(土)、オンライン(京都大学稲盛財団記念館)
 ・竹村和朗「“相続システム”の現状:エジプトの生前贈与の事例から」
 ・磯貝真澄・帯谷知可「中央ユーラシアの家族とジェンダーをめぐる規範:研究のパースペクティブ」
・第4回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会:2月8日(月)、オンライン(東北大学東北アジア研究センター)
・佐々木紳「アフメト・ミドハトとファトマ・アリイェ:あるいはハイブリッドな評伝の虚実」
・和崎聖日、アドハムジョン・A・アシロフ「『グリ・アルムガーン:ウズベキスタンの女性たちによるイスラーム儀礼』の上映と解説・コメント」
・第6回東北大学若手研究者アンサンブルワークショップ:2月12日(金)〜22日(月)、オンライン(東北大学)
・磯貝真澄、佐々木紳、宗野ふもと、竹村和朗、和崎聖日、帯谷知可「中央ユーラシアのムスリム家族と女性:規範的言説をめぐるつながりの研究」(ポスター)
・2020年度日本中央アジア学会年次大会:3月21日(日)、オンライン
・公開パネルセッション「中央ユーラシアの家族とジェンダー:規範・言説・ネットワーク」
・磯貝真澄「中央ユーラシアのムスリム家族と女性:規範・言説研究の射程とロシア的文脈の検討」
・帯谷知可「O. S. レベヂェヴァとA. アガエフのムスリム女性解放論」
・宗野ふもと「家族強化論と「封建的」な家族・ジェンダー規範の考察:ウズベキスタン・シャフリサブズ市の女性工場労働者の事例から」
□個人研究としての公表
[学術論文・チャプター論文・書評論文等]
Масуми Исогай. Рецензия на: Любичанковский С.В. Имперская по-литика аккультурации и проблема колониализма (на примере кочевых и полукочевых народов Российской империи). Оренбург: Издательский центр ОГАУ, 2019. 480 с. // Вестник Российского университета дружбы народов. Серия: История России. 2020. Т. 19. № 4. С. 996–1000. https://doi.org/10.22363/2312-8674-2020-19-4-996-1000
帯谷知可・後藤絵美(編)『装いと規範4』(CIRAS Discussion Paper)、2021年3月(予定)。
帯谷知可「ウズベク人はいかに装うべきか:ポストソ連時代のナショナルなドレス・コード」、福田宏・後藤絵美(編)『みえない関係性をみせる』(グローバル関係学叢書第5巻)、岩波書店、2020年、45~69頁。
帯谷知可「よいスカーフと悪いスカーフの攻防とその境界:現代ウズベキスタンのヴェール論争」、高尾賢一郎・後藤絵美・小柳敦史(編)『宗教と風紀:〈聖なる規範〉から読み解く現代』岩波書店、2021年、36~61頁。
帯谷知可「ロシア帝国からムスリム女性の解放を訴える:O.S.レベヂェヴァとA.アガエフのイスラーム的男女平等論」、『史林』104(1)、2021年1月(予定)。
帯谷知可「『ウズベク映画上映会:1920年代無声映画の再発見』に寄せて」、『日本中央アジア学会報』16、2020年、67~74頁。
佐々木紳「新オスマン人とパリ・コミューン:ムスリム知識人の西洋経験と思想的展開」、『成蹊大学文学部紀要』56、2021年3月(予定、印刷中)。
佐々木紳「アフメト・ミドハト『ファトマ・アリイェ女史、あるいはオスマン人女流作家の誕生』:訳注(前篇)」、『成蹊人文研究(成蹊大学大学院文学研究科)』29、2021年3月(予定、印刷中)。
Fumoto Sono, “How Local Handicrafts Enter the Global Tourism Market: A Case Study on a Carpet Business in Rural Uzbekistan,” Japanese Review of Cultural Anthropology 21(1), 2020, pp. 1-36 (in press).
竹村和朗「ワクフに関するエジプト最高憲法裁判所2008年違憲判決の解題および全訳」、『アジア経済』61(4)、2020年、32~51頁。https://doi.org/10.24765/ajiakeizai.61.4_32
和崎聖日「結婚と『つながり』のかたち:中央アジア南部のムスリム社会」、山田孝子(編)『人のつながりと世界の行方:コロナ後の縁を考える』(シリーズ 比較文化学への誘い)、英明企画編集、2020年、95~112頁。
和崎聖日「旧ソ連・ウズベキスタンにおける『婚外の性』とイスラーム:男が語るモラル」、高尾賢一郎・後藤絵美・小柳敦史(編)『宗教と風紀:〈聖なる規範〉から読み解く現代』、岩波書店、2021年、197~219頁。
サイード・フォージア(和崎聖日編訳)「殺人という特権:パキスタンの名誉殺人」、田中雅一・石井美保・山本達也(編)『インド・剥き出しの世界』、春風社、2021年2月(予定)。
和崎聖日「揺れ動くジェンダー規範:旧ソ連中央アジアにおける世俗主義とイスラーム化」、田中雅一・嶺崎寛子(編)『ジェンダー暴力の文化人類学』、昭和堂、2021年2月(予定)。
WAZAKI Seika, Iqbol MELIQO’ZIEV, and Adham ASHIROV, Guli Armug’on: Women’s Local Islamic Ritual in Uzbekistan (Ethnological film)
* 第9回国際民族誌映画祭「クラトヴォ2020」(マケドニア) (9th Ethnological Documentary Film Festival “Kratovo 2020”) 入選、映画祭上映2020年10月2日。
* 英国王立人類学民族誌映画祭2021 (17th Royal Anthropological Institute Film Festival 2021) 入選、映画祭上映2021年3月19~28日(予定)。
[口頭報告・ビデオプレゼンテーション等]
ISOGAI Masumi and Marsil N. FARKHSHATOV, “Memoirs by Volga-Ural ʿUlamāʾ in
the Early Soviet Period,” 2nd International Academic Forum “Heritage,” International Scientific Conference “Current Issues in the Study of History, Foreign Relations and Culture of Asian Countries,” October 29, 2020, online (Novosibirsk, Russia).
磯貝真澄「ロシア帝国法のなかのムスリムの法:宗務行政からみた場合」、『2020年度第2回「法の支配と法多元主義」研究会』、2020年12月13日、オンライン(関西大学)。
帯谷知可「『ヴェールのない社会』から『ヴェールがあってもよい社会』へ?:ウズベキスタンの現状から」、『ロシア・ユーラシア研究会』、講演、2020年11月17日、オンライン(一般社団法人オープン・ガバナンス・ラボ)。
帯谷知可「ヴェールを捨てたその後に:スカーフ(ルモル)と民族帽(ドゥッピ)」、『「沙漠の探究者」を探して:女性たちと百年」研究会』、2020年11月28日、オンライン。
帯谷知可「ウズベク人はいかに装うべきか:ポストソ連時代のナショナルなドレス・コード」、『岩波叢書「グローバル関係学」シリーズ Book Launch Series 4 第5巻『「みえない関係性」をみせる』を語る』、2020年12月12日、オンライン。
Чика Обия «Перспективы изучения истории создания узбекского немого кино», Session “Cinematography of Uzbekistan: Dialogue between Past and Future, IV,” International Conference “The Cultural Legacy of Uzbekistan as the Foundation of a New Renaissance,” December 16, 2020, online (Uzbekistan).
竹村和朗「生前贈与の意味と意義:現代エジプトの事例から考える」、『第36回日本中東学会年次大会特別研究集会』、2020年8月30日、オンライン(日本中東学会)。
竹村和朗「契約書の裏に書かれた土地譲渡:現代エジプトの相続の一事例」、『第15回近代中央ユーラシア比較法制度史研究会』、2020年12月19日、オンライン(東北大学)。http://tbias.jp/reports/20201219
和崎聖日「中央アジアのスーフィズム:ジャフル儀礼からみる共生の思想」、『JFE財団アジア歴史研究助成「スーフィズムに基づくアジア型イスラームの共生思想とその実践」・三菱財団人文科学研究助成「イスラームの多文化共生の知恵:周縁イスラーム世界のスーフィズムに着目して」合同研究会』、2020年8月25日、オンライン。https://kias.asafas.kyoto-u.ac.jp/#20201027
和崎聖日「ウズベキスタンの状況説明」『東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 共同利用・共同研究「現代ムスリム知識人の変容と交流」第1回研究会』、2020年10月10日、オンライン。

研究成果公表計画, 今後の展開等

 本共同研究は東北大学東北アジア研究センター2020年度共同研究「ロシア・ソ連の家族・ジェンダー規範とイスラーム的言説の比較研究」(研究代表者:磯貝真澄)と合同で実施しているものであり、東北大学東北アジア研究センターでの共同研究は2021年度も継続する。その際、新たな共同研究員を得て、研究内容(分析)の深化をはかる予定である。2021年度、京都大学東南アジア地域研究研究所CIRASセンターの共同研究の募集が行われる場合は応募し、今年度同様に進める予定である。その上で、2021年度は研究成果を学術論集にまとめ、商業出版社より刊行する計画である。その際、出版助成を得るよう努める。

 

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