東南アジアの国民国家の形成過程における民族・宗教の対立

代表

坪井 祐司(東洋文庫・研究員)

共同研究員

金子 奈央(アジア経済研究所地域研究センター・リサーチアソシエイト)、亀田 尭宙(京都大学東南アジア地域研究研究所・助教)、篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・准教授)、坪井 祐司(東洋文庫・研究員)、野中 葉(慶應義塾大学総合政策学部・研究員)、モハメドシュクリ(Klasika Media・Director)、モハメドファリド(Institute of Islamic Understanding Malaysia・Senior Fellow)、光成 歩(宗教情報リサーチセンター・研究員)、山口 元樹(東洋文庫・研究員)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

平成29年4月~平成31年3月

目的

東南アジアのムスリムを事例として、民族・宗教をめぐる対立や紛争の危機に対する解決のあり方を示す。現在、世界的にムスリムと非ムスリムの関係性の悪化が懸念されるなか、東南アジアにおいては相対的に安定した状況が保たれている。ただし、状況は常に安定的だったわけではない。第二次世界大戦から1960年代にかけての時期は、民族、宗教、イデオロギーの対立が顕在化し、中央政府に対する地方の反乱や9.30事件による大規模な虐殺(インドネシア)、共産党の武装蜂起(マレーシア)といった社会的危機が生じた。ただし、その前後を含めたより長い時間軸で見れば、この地域では複数の民族、宗教が競合し、時に対立しながらも共存する歴史が展開されてきた。本研究課題では、紛争などの人為的な災いへの対応を通じて、東南アジアのムスリムがどのような運動を展開し、多民族社会のなかで他者といかなる関係を築いたかを分析する。危機の時代にあっても社会の安定を回復させる営為がなされてきた点に着目することで、東南アジア社会の持つ柔軟性を明らかにする。

研究実績状況

研究会は、これまでに3回(2017年4月27日、7月2日、10月1日)開催し、年度内にもう一度(2018年2月12日)開催予定である。初回の研究会において、各共同研究員が専門にもとづくテーマを定めて研究を進め、それを研究会に持ち寄って全体で議論を進める方針決定した。第2回、第3回研究会では、各自の論文構想を全体で議論した。
各共同研究員の研究テーマは下記のとおりである。
・1950~60年代のマラヤの政治とイスラム勢力(坪井祐司)
・東南アジアにおけるムスリム同胞団のネットワーク(山本博之)
・1950年代のインドネシアにおけるジャウィ(アラビア文字表記のマレー語)復活論(山口元樹)
・マラヤ・インドネシア間のマレー語知識人の越境(西芳実)
・シンガポールにおける婚姻法制とムスリム(光成歩)
・1970年代の高等教育の「イスラーム化」におけるマレーシア・インドネシア間の連関(野中葉)
・華人からみたマラヤの国家建設(篠崎香織)
・マレーシアの国家教育制度の形成とムスリム(金子奈央)
・当該時期のマレー語定期刊行物の情報学的分析(亀田尭宙)
各共同研究員は、それぞれの研究成果を論文にまとめる作業を行っており、その一部を今年度末(2018年3月)までにディスカッション・ペーパー(『カラムの時代IX』)として発行する予定である(現在編集作業中)。
くわえて、シンガポールのマレー・ヘリテージ・センターにおけるマレー語出版物を特集した展示「発信者の創造:1920~60年代のマレー近代性の印影(Mereka Utusan: Imprinting Malay Modernity 1920s – 1960s)」における企画への協力、資料提供を行った。

研究成果の概要

共同研究を通じて、これまで十分に明らかにされてこなかった1950、60年代前後の東南アジアのイスラム主義勢力の国境を越えるネットワークおよび具体的な思想・活動を明らかにした。
第二次大戦後の島嶼部東南アジアでは、新たな国民国家の形成過程でさまざまな対立が顕在化し、暴力による社会的危機が生じた。しかし一方で、この地域のイスラム勢力は国家を越えた連携の動きを見せた。1950年代には、マラヤ・シンガポールとインドネシアの政府に対抗するイスラム勢力の連携が模索された。この動きは、1970年代以降の両国の「イスラム化」における連携につながった。同時に、ムスリムの運動は多民族社会のなかで非ムスリムとの関係を常に意識したものでもあった。これは、法律や教育などの国家制度において、西洋的な近代国家制度の形成に主体的に関与し、自らを位置づけていく動きに見ることができる。
これまでの本グループの共同研究では、雑誌『カラム』の分析を通じて、シンガポールのムスリム知識人の言論活動を分析してきたが、本共同研究においては、言論活動にくわえ、政治、行政、文化などの諸分野における具体的な活動を実証した。東南アジアにおいて、ムスリムは日常的に、宗教による連帯と多民族・多宗教の社会秩序への関与を同時に模索した。社会的亀裂が深まった時代にあってもその営みが続いていたことを示す本共同研究は、現在の東南アジアのイスラム圏の社会のあり方の理解にも寄与するものである。

公表実績

【出版】
坪井祐司、山本博之編『『カラム』の時代IX:マレー・ムスリムの越境するネットワーク2(CIRAS Discussion Paper No.78)』京都大学東南アジア地域研究研究所(2018年3月)
目次
序(坪井祐司)
「『カラム』からみたマラヤの脱植民地化」(坪井祐司)
「花嫁の自立:ナドラの結婚からみる1950年代シンガポールの女性の地位」(光成歩)
「アブドゥッラー・バスメーの経歴」(山本博之)
「マレーシアのダアワ運動と高等教育機関のイスラーム化に対するインドネシアのインパクト:インドネシア人活動家イマドゥディン・アブドゥルラヒムを事例に」(野中葉)
資料編:「千一問」試訳(その3)

【電子媒体】
カラム雑誌記事データベース:http://majalahqalam.kyoto.jp/

【企画展示】
Mereka Utusan: Imprinting Malay Modernity 1920s – 1960s(2016年10月16日~2017年6月25日、Malay Heritage Centre, Singapore、企画への協力)

研究成果公表計画, 今後の展開等

各自の論考の検討および全体の総合化に向けた議論のため、東南アジア研究者(現代政治)やイスラム研究者(政治思想やナショナリズムとの関係)をコメンテーターとして招き、公開のシンポジウムを開催する。その結果をふまえて、共同研究員は論考をまとめ直す作業を行う。2017年10月の学振の刊行助成の申請を行い、2019年3月までに研究叢書を刊行する。

 

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