災いへの対応としての非正規滞在者:東南アジアを事例として

代表

篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・准教授)

共同研究員

篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・准教授)、西 芳実(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、細田 尚美(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・助教)、水野 敦子(九州大学大学院経済学研究院・准教授)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

平成29年4月~平成31年3月

目的

経済格差の拡大という災いから逃れるために越境する者や、紛争や災害などの災いから逃れるために越境する者の存在が顕著化している。前者は一時就労者として、後者は避難民としてとらえうる。避難民の一部は難民として認められることもある。東南アジアでは、一時就労者および避難民・難民の送出国と受入国が域内に存在してきた。外国人就労者の受入国では、就労者を国民に吸収せず外国人として社会に位置付ける法制度を、送出国との関係や時代的な背景に応じて柔軟に整備してきた。また東南アジア諸国の多くは難民条約を締結していないが、各国の判断で国内の法制度に基づき難民を認定し、正規の入国・滞在手続きの適用外とすることで正規滞在者として位置付けることもある。本研究は、災いが顕在化する存在として非正規滞在者をとらえるとともに、非正規滞在者に対する東南アジアの柔軟な対応に災いへのレジリエンスを高める試みを見出すことを目的とする。

研究実績状況

[平成29年度]
災いを逃れるために越境する人たちについて、現在進展している事例と、建国期の事例についてそれぞれ研究を実施した。現在進展している事例として、近年「ロヒンギャ問題」として顕在化しているミャンマー・バングラデシュ国境地域からのムスリム系移民・難民の事例を取り上げ、ミャンマー、マレーシア、バングラデシュの3か国について、社会の対応を検討した。その過程において、越境者への対応が建国時に構築された民族間関係に規定される側面と、既存の民族間関係を変容させうる側面が指摘されたため、建国期に構築された民族間関係についても研究を行った。その事例として、共産党に対する弾圧が強まる中で国外に逃れたマラヤ(今日のマレーシアとシンガポール)およびインドネシアの華人の事例に着目した。研究会を2回実施(2017年4月23日、2018年1月27日)するとともに、学会報告、ドキュメンタリー映画セッション、公開シンポジウムを実施した。またこれらの活動をもとにしたディスカッションペーパーの刊行と学会誌での特集企画の刊行を年度内に予定している。

[平成30年度]
災いへの対応として越境する人たちをめぐる対応の事例として、1990年代以降東南アジア域内からの越境者が増加しつつあるマレーシアと、マレーシアに越境者を送り出す東南アジア域内国のミャンマー、フィリピン、インドネシアに着目して研究を実施した。マレーシアは建国の過程で複数の異なる資格を設定しながら移民を国民に位置付ける制度設計を行った経緯を持ち、そのような制度が1990年代以降増大する流入者への対応に機能しているのか、また流入者に対応する中で変容しているのかについても検討した。そのために今日のマレーシア地域の建国期の制度設計についても、先行研究の検討を行い、研究上の課題を整理した。以上のような問題関心に基づき、研究会を3回実施した(2018年4月22日、10月14日、2019年2月2日)。これらの研究会は、科研費基盤研究(B)多民族国家マレーシアの社会秩序再編における非正規滞在者の役割(研究代表者:篠崎香織)と合同で実施した。

研究成果の概要

[平成29年度]
ミャンマー・バングラデシュ国境地域からのムスリム系移民・難民の対応を比較検討する中で、ミャンマーとマレーシアでは宗教的多数派を土着系民族に、宗教的少数派を外来系民族にそれぞれ位置付けることによって国民の統合が図られてきたこと、バングラデシュでは国境地帯での越境は問題視されず、民族問題としても認識されてこなかったことがそれぞれ指摘された。しかしムスリム系移民・難民の問題を契機として、ミャンマーでは外来系国民が国民として認知されない状況が起こりつつあること、マレーシアでは民族間の境界線が溶解しうる可能性があること、バングラデシュでは越境者の存在が民族問題として可視化されつつあることが示された。
共産党に対する弾圧が強まる中で国外に逃れたマラヤとインドネシアの華人の事例においては、建国後に国家運営を担った者から見れば多少の犠牲も致し方ない克服すべき課題としてとらえられた社会秩序の変化を、個人や家族、地域、コミュニティが対応を迫られた災いとしてとらえる視点を得た。また1990年代以降マレーシア、インドネシア、シンガポールでは、強権的な統治が緩み表現の自由が拡大しており、そのなかで建国期に排除された人たちにまつわる記憶をたどりなおすことで、過去における排除を巡って生じた社会の亀裂を修復する試みが進展していることが示された。

[平成30年度]
今日のマレーシア地域が建国期に行った制度設計について、一つの国家の中に異なる3つの類型が見られることが示された。マレーシアは、半島部のマラヤと、ボルネオ島のサバ、サラワクの3地域で構成されている。このうちマラヤでは、マラヤの外に出自を持つムスリムが、マラヤのムスリムの主流派を構成するマレー人との混血・文化受容によりマレー人社会の一員となるパターンと、マレー人、華人、インド人がそれぞれ固有の文化・言語・宗教を持つ民族として自決の単位として認定され、民族を通じて政治・社会制度を構築するパターンが築かれたことが指摘された。他方サバでは、文化・言語・宗教などの要素は政治・社会制度の構築において重要とされず、適切な手続きに従って入境・滞在していれば民族・宗教や国籍の違いによらず社会の構成員として受け入れてきたことが指摘された。これらそれぞれの類型が1990年代以降の越境者の増大にどのように対応しているのかという問題意識が共有され、越境者をめぐる事柄は出身国家が対応すべき問題とされる一方で、マレー人と宗教と言語を同じくするムスリム系のインドネシア人(マラヤ、サバ)、仏教徒を多数派とし華人社会との接点が多いミャンマー人(マラヤ)、領土問題ゆえに送り出し国の政府が自国者をめぐる事柄に公的に介入できないフィリピン人(サバ)という視点が設定された。また先行研究の検討する過程で、湾岸アラブ諸国との比較において、受入国が越境者を国民としては受け入れなくとも、何らかの資格を与えて受け入れるような対応がそれぞれの地域において模索されつつあることが確認され、国民として同じ資格を持つ人たちだけが一国の社会を構成するのではなく、異なる資格を持つ人たちも一国の社会の構成員となる状況が世界的に広まりつつあることが確認された。

公表実績

[平成29年度]
(1)出版
① (3)①で実施した学会パネルをもとにしたディスカッションペーパー「ムスリム系移民・難民と東南アジアの民族間関係――ミャンマー・マレーシア・バングラデシュの事例から」を年度内に刊行する予定。
② (2)で実施した公開シンポジウムをもとにした特集企画を日本マレーシア学会誌『マレーシア研究』にて年度内に刊行する予定。
③ 篠崎香織「民族間関係を変えうる?――ツーチー基金会の慈善活動」NNAマレーシア、2018年1月23日。

(2)公開シンポジウム
① ドキュメンタリー映画セッション『不即不離―マラヤ共産党員だった祖父の思い出』、日本マレーシア学会第26回研究大会、2017年10月21日。
② シンポジウム「忘却されざる記憶―60年後からみるマラヤ建国」、日本マレーシア学会第26回研究大会、2017年10月22日。

(3)学会報告
① パネル発表「ムスリム系移民・難民と東南アジアの民族間関係――ミャンマー・マレーシア・バングラデシュの事例から」東南アジア学会第97回研究大会、2017年6月4日、広島大学。
② 水野敦子、ナンミャケーカイン「マレーシアにおけるミャンマー移民労働者の実態:ペナンでのインタビュー調査をもとに」日本マレーシア学会第26回研究大会、2017年10月21日、獨協大学。

[平成30年度]
(1)出版
細田尚美『幸運を探すフィリピンの移民たち―冒険・犠牲・祝福の民族誌』明石書店、2019年。
細田尚美「フィリピン・東ビサヤ地方における「家族」介護―移民送出地域でみられる高齢者ケアの実践から」速水洋子(編)『東南アジアにおけるケアの潜在力―生のつながりの実践』京都大学学術出版会、2019年、pp. 315-350。
SHINOZAKI Kaori, “The Penang Chinese and the Electoral Process of the Republic of China’s National Assembly, 1913”, Malaysian Journal of Chinese Studies, 6 (1&2), 2017, 59-78. (実際の刊行は2018年11月)
(2)口頭報告
SHINOZKI Kaori, “Natural Disaster in Global Urban City: Landslides in Penang, Malaysia”, International Workshop on “Human Response to Disaster in Southeast Asia” January 14-15, 2019, Inamori Foundation Memorial building, Center for Southeast Asian Studies, Kyoto University.

研究成果公表計画, 今後の展開等

[平成29年度]
2年目においても同様に、研究会や公開シンポジウム・ワークショップなどを実施する。研究成果を専門書として刊行すべく、学会でパネルを組み報告し、その内容を成果報告書としてまとめる。報告書の原稿をさらに発展させて、2020年度内をめどに専門書を刊行する。

[平成30年度]
研究成果を専門書として刊行すべく、2019年度に学会でパネルを組み報告し、その内容を成果報告書としてまとめる。報告書の原稿をさらに発展させて、2020年度内をめどに専門書を刊行する。

 

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