低成長期の発展途上諸国における政治経済社会変動の地域間比較研究

代表

村上 勇介(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)

共同研究員

帯谷 知可(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)、末近 浩太(立命館大学国際関係学部・教授)、仙石 学(北海道大学スラブユーラシア研究センター・教授)、Wil de Jong(京都大学地域研究統合情報センター・教授)、中西 嘉宏(京都大学東南アジア研究所・准教授)、三重野 文晴(京都大学東南アジア研究所・教授)、村上 勇介(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)

期間

平成28年4月~平成29年3月

目的

今世紀初頭の拡大期をへて、21世紀の10年代後半に入る今日、新興国の牽引力を失った資本主義経済は低成長の段階に入っている。そうした状況は、新興国をはじめとする発展途上諸国に対し、経済の成長や拡大を前提とした諸政策の見直しを強いるだけでなく、一定の所得水準に達した後にそれ以上の社会経済発展が進まない「中所得国の罠」に代表されるように、大きな格差や貧困を抱える発展途上諸国の政治、経済、社会に関する構造的な課題をあらためて浮き彫りにしている。本研究は、低成長段階に入った現代の位相について、ラテンアメリカ、中東欧、中東、旧ソ連圏中央アジア、東南アジアを対象に近年の政治経済社会変動の現状と課題について確認しつつ、地域間比較を実施し共通性と相違点を明らかにする。比較の過程では、さらに探求すべきより具体的な分析課題についての検討も行う。そうした課題には、経済発展と政治社会変動、近現代化過程とイスラーム、気候変動と地域社会を想定しているが、その適切性については本研究をつうじてあらためて検証する。

研究実績状況

[平成28年度]
 分析課題の設定にむけた研究活動をいくつかのグループに分かれて実施した。
 まず、計画段階において想定された経済発展と政治社会変動に関するテーマについては、経済社会に関連した課題について従前より比較対象とした中東欧とラテンアメリカにくわえ、東アジアや東南アジアをふくめた課題設定の可能性について探求した。具体的には、新自由主義(ネオリベラリズム)導入が一段落して以降の現在における新興国の経済政策のあり方を比較する研究会を実施した。

第1回
日時:2016年10月1日(土)15:00-17:30
会場:京都大学地域研究統合情報センター中会議室
報告:
「ブラジルの条件付現金給付政策─ボルサ・ファミリアへの集約における言説とアイデア」近田亮平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
「韓国の年金改革:IMF危機以降の政策転換」井上睦(日本福祉大学)

第2回(ワークショップ「ユーラシア地域大国と新興市場の経済と社会」)
日時:日時:2017年1月21日(土)13:00-18:15・22日(日)10:00-15:00
会場:西南学院大学学術研究所第3会議室
報告:
1月21日
「インド産業発展の軌跡と展望」佐藤隆広(神戸大学)
“Power Tariff Policy and Manufacturing Sector Productivity in India”福味敦(兵庫県立大学)
“Trade Liberalization and Wage Inequality in the Indian Manufacturing Sector”古田学(京都大学大学院)
「ポーランドにおける財政規律:1997年憲法、ベルカアンカー、トゥスクの功罪」仙石学(北海道大学)
「エストニアにおけるネオリベラリズム的政策選択の要因」小森宏美(早稲田大学)
「ロシア鉄鋼業の特質と最新動向」服部倫卓(ロシア東欧貿易会)
「ロシアの貧困と社会保護制度の効率性」武田友加(九州大学)
1月22日
「ハンガリーの年金制度改革とその後の変遷」佐藤嘉寿子(帝京大学)
「ロシアの医療従事者の社会的地位の変化について」松本かおり(神戸国際大学)
「チェコとスロバキアのネオリベラリズム」松澤祐介(西武文理大学)
「深圳の何が『特別』か?」 丸川知雄(東京大学)
「スタートアップの増加と中国経済の変化─起業を通じた『創新』と『走出去』」木村公一朗(アジア経済研究所)
「デジタルドラゴンヘッド・深圳─無人航空機(ドローン)産業の事例」伊藤亜聖(東京大学)

また、経済発展と政治社会変動に関しては、ラテンアメリカについて日本ラテンアメリカ学会の西日本部会研究会と協力して2回にわたり研究会を開催した。

第1回(テーマ「動揺する民主主義─ブラジルとペルーの現在」)
日時:2016年4月16日(土)13:00-17:20
場所:京都外国語大学1号館132教室
報告:
「ブラジルにおける大統領弾劾の動向」浜口伸明(神戸大学)
「ペルーの2016年大統領・国会議員選挙過程」村上勇介(京都大学)
討論者:住田育法(京都外国語大学)

第2回(テーマ「2010年代半ばのラテンアメリカ政治」)
日時:2016年12月17日(土)13:30~17:00
場所:同志社大学烏丸キャンパス志高館
報告:
・ブラジル
「ブラジルの民主主義とテメル新政権の動向」 住田育法(京都外国語大学)
「2016年ブラジル統一地方選挙─全体評価と政治経済の現状・展望」 舛方周一郎(神田外語大学)
・アンデス諸国
「ボリビア・モラレス政権の11年―何が政権を支えてきたのか」 岡田勇(名古屋大学)
「コロンビア─和平プロセスの現状と見通し」 千代勇一(上智大学)
「ペルーの大統領選挙とクチンスキー政権の現状」 村上勇介(京都大学)

他方、近現代化過程とイスラームについては、主要関係者による7月と12月の打ち合わせ会合/研究会を経て、ワークショップを実施した。

ワークショップ「中央アジアのイスラーム、ジェンダー、家族―旧ソ連イスラーム地域研究と中東研究をつなぐ」
日時 :2017年2月4日(土)13:00-18:00
場所:京都大学稲盛財団記念館2階213号室(セミナー室)

報告:
「20世紀初頭の帝政ロシアにおけるムスリム女性をめぐる議論」帯谷知可(京都大学)
「ソ連期ウズベキスタンにおける女性の労働」 宗野ふもと(北海道大学)
「ウズベキスタンの定住民地域におけるマフルの系譜学―ムスリム女性の生活保障をめぐって」 和崎聖日(中部大学)
「中東における不妊と生殖補助医療―トルコを中心として」村上薫(JETROアジア経済研究所)
コメント:嶺崎寛子(愛知教育大学)、福田宏(愛知教育大学)

 ほかに、中東とラテンアメリカの政治変動に関する比較の打ち合わせ会議を、また気候変動と地域社会に関する打ち合わせ会議をそれぞれ2回ずつ(前者は10月と12月、後者は11月と1月に)開催した。

研究成果の概要

[平成28年度]
経済発展と政治社会変動については、中東欧とラテンアメリカを比較した前段階の研究で、新自由主義の拡大は国際通貨基金などの国際金融機関をつうじて浸透するが、地域によって拡大の程度に違いがあるほか、同じ地域内でも、新自由主義を推進する勢力の影響力と有権者の受入度合い、そして新自由主義の争点化の程度により違いが観察されたことが分かっている。
本研究では、そうした「政治社会過程モデル」による分析の有効性を、南欧やアジアの事例もふくめ、また新自由主義の全盛期が過ぎた今世紀に入ってからの経済政策をめぐる政治過程に関して比較を行った。その結果、新自由主義推進勢力の影響力、有権者の支持、争点化という3点における違いが政策面での違いとなっていることがあらためて検証された。
 近現代化過程とイスラームについては、中央アジアの事例を中心に中東との比較を行いつつ後者を対象としたジェンダー研究の視点を取り入れた分析により研究が進められた。中央アジアは、ソ連の崩壊後、ポスト社会主義、イスラーム復興、権威主義的な政治支配というベクトルが交錯する磁場となってきた。そこでは、国家と社会の間の亀裂、ならびに社会内部での亀裂が出現している。ソ連時代とほぼ同様の世俗主義の原則による「ナショナルなイスラーム」を追求する国家に対し、内外のイスラーム復興の呼応する社会との間の分断がある。他方、社会の内部では、無神論的な為政者や都市のエリート層に対し、公認のイスラーム、伝統回帰派、「ナショナル」であることを志向しない外来のイスラーム復興主義などの潜在的な対抗軸がある。そうした亀裂を埋める方向としては、伝統と近代を二項対立的に捉えず、近代と女性の進歩・解放・エンパワーメントと同一視しないという中東地域のジェンダー研究の知見が示唆的である。
 中東とラテンアメリカの比較は体制転換をテーマとし、構造的な背景や軍、政党というアクターの役割についての検討は進めてきたが、社会運動の政治的な帰結についての検討が十分でなく、その方向性について検討を重ねた。社会運動の先行研究を踏まえると、政治的な帰結を規定する要因として挙げられる構造、制度、アクターの3つの要因のうち、政党や意思決定過程のあり方をめぐる制度、ならびにそうした制度を運用する政治家などのアクターの機能に着目することが重要であることが考えられる。これは、先の経済発展と政治社会変動について検証した「政治社会過程モデル」に通底するものである。
 また、気候変動と地域社会については、気候変動枠組条約締結国会議の迷走や気候変動課題に否定的なトランプ政権がアメリカ合衆国に成立するなど世界的な枠組みの動揺と共振しつつ、環境課題をめぐる地域社会と地域行政や中央政府、さらには国際社会とのあいだのすれ違いが一層深まっていることが確認された。地域、国家、国際社会などさまざまなレベルでの活動や行動が有機的に繋がっておらず、2010年代の後半の今日、すべてのレベルにおける環境ガバナンスの構築の課題があらためて提起されている。

公表実績

[平成28年度]
上記で言及したワークショップや学会との共同企画、また前出の複合共同研究ユニット「秩序変動の地域連関」の公表実績に掲載されている国際研究集会を参照。
 また、出版には以下のようなものがある。
仙石学編 [2017] 『脱主自由主義の時代?─新しい政治経済秩序の模索─』CIAS叢書《地域研究のフロンティア》6、京都大学学術出版会。
帯谷知可編著 [2017]『社会主義的近代とイスラーム・ジェンダー・家族 1』CIRAS Discussion Paper No. 69、京都大学東南アジア地域研究研究所。

研究成果公表計画および今後の展開等

 東南アジア地域研究所の叢書シリーズなどによる研究書の発行を図る。
 また、平成29年度より、以下の個別共同研究ユニットが発足し、2年間にわたり研究を発展させる計画となっている。
課題名「新興国の経済政策比較─新興民主主義国とポスト社会主義国の比較から」(研究代表者:仙石学)
課題名「体制転換過程の比較研究─社会運動と軍・政党」(研究代表者:末近浩太・村上勇介)
課題名「社会主義を経たイスラーム地域のジェンダー・家族・モダニティ―中東イスラーム地域研究との架橋をめざして」(研究代表者:帯谷知可)

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