東南アジアのムスリムをめぐる社会的亀裂とその対応(終了・坪井祐司)(2016)

代表

坪井 祐司(東洋文庫・研究員)

共同研究員

金子 奈央(アジア経済研究所・リサーチアソシエイト)、亀田 尭宙(京都大学地域研究統合情報センター・助教)、篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・准教授)、坪井 祐司(東洋文庫・研究員)、野中 葉(慶應義塾大学SFC研究所・上席所員)、光成 歩(国立国会図書館・非常勤研究員)、モハメドシュクリ(Klasika Media・Director)、モハメドファリド(Institute of Islamic Understanding Malaysia・Senior Fellow)、山口 元樹(日本学術振興会・特別研究員)、山本 博之(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)

期間

平成28年4月~平成29年3月

目的

グローバル化が進む今日の世界における民族・宗教をめぐる対立や紛争の危機の解決に向けた模索のプロセスとして、20世紀中葉の島嶼部東南アジアにおけるムスリムによる言論活動を研究する。人口流動性の高い島嶼部東南アジアにおいて、ムスリムは常に非ムスリムと共存しており、ムスリム自身もまた均質な存在ではなかった。こうした社会は、一面では社会的な亀裂・危機が生じやすい。とくに、第二次世界大戦から脱植民地化へ向かった時代には、社会全体の秩序が揺らぎ、民族、宗教、イデオロギーの対立が顕在化した危機の時期であった。他方、その後の過程をみれば、多民族・多宗教の状況は変わらないが、一定の社会的な安定が確保されており、危機を緩和する力が働いたとみることができる。本研究課題では、東南アジアのムスリムによる言論活動に焦点をあて、彼らが他者といかなる関係を築き、いかなる社会を構築しようとしたかを多角的に分析することで、社会の亀裂という災いへの対応のあり方を明らかにする。

研究実績状況

[H28年度]
共同研究員の間で研究会を4回(2016年6月12日、7月31日、9月25日、12月18日)開催した。第1回でメンバーが各自の専門、関心に応じて1950、60年代の島嶼部東南アジアのムスリム社会にかかわるテーマを設定して研究を進め、第2~4回でそれを報告しあう形で進めた。そして、各自の研究成果をまとめた論集『『カラム』の時代VIII:マレー・ムスリムの越境するネットワーク』を2017年3月に刊行した。それとともに、ジャウィ(アラビア文字表記のマレー語)雑誌『カラム』のデータベースの整備を進め、「ジャウィ文献と社会」研究会との協力により1940、50年代のジャウィの雑誌3点を翻字・復刻を行うことで、資料の公開と共有を進めた。後者はマレーシア・シンガポールの図書館に寄贈する予定である。くわえて、シンガポールのマレー・ヘリテージ・センターにおける1920~60年代のマレー語出版物を特集した企画展示『発信者の創造:1920~60年代のマレー近代性の印影(Mereka Utusan: Imprinting Malay modernity 1920s-1960s)』に協力し、2017年2月には同センターの公開講演会 “Age of Qalam” において共同研究のメンバー2名(山本・坪井)が出張して講演を行うとともに、現地の参加者と議論を行った。

研究成果の概要

[H28年度]
1950、60年代の東南アジアのイスラム知識人がマレー・インドネシア語を共通語として国境を越えたネットワークを持ち、相互の意見を参照しながら連携を模索していたことを明らかにした。彼らの活動は狭義の宗教運動にとどまるものではなく、冷戦という世界情勢を視野に入れ、近代的な大衆消費社会に立脚して展開されたものであった(講演会における山本、坪井報告)。
当該時期は、インドネシア、マラヤ(マレーシア)、シンガポールという国民国家が建設される一方、共産党やイスラム勢力による武装蜂起がおこり、民族間やムスリム同士の対立が深まった。言論空間では、国境を越えた宗教・文化の紐帯が強調され、政治的なムスリムの統合、連携構想も提示された(論集の山口論文、坪井論文)。ただし、彼らは論敵の政府や民族主義者と近代主義的価値観を共有しており、その代案は現実的、漸進的なものであった。同時に、彼らはムスリムだけを見ていたわけではなく、西洋文化や華人との日常的接触があり、常に他者との相互作用が起こっていた(山本、篠崎論文)。こうしたイスラム志向だが急進的ではない言説は、当時のムスリム社会から一定の支持を受けた。さらに、近代主義的なムスリムの国境を越えたネットワークは、1970年代以降の東南アジア各国における「イスラム化」とも系譜関係が見られた(野中論文)。イスラム知識人は、国家や民族を横断するさまざまな勢力との間で距離を探りながら言論活動を行った。国家建設の過程で未曽有の混乱と危機を経験しながらも、決定的な分裂を回避した背景にはこうした不断の営為が存在したことが明らかになった。

公表実績

[H28年度]
【出版】
・ 坪井祐司、山本博之編『『カラム』の時代VIII:マレー・ムスリムの越境するネットワーク(CIRAS Discussion Paper 68)』京都大学地域研究統合情報センター(2017)
[目次]
山口元樹「1950年代のインドネシアにおけるジャウィ復活論」
坪井祐司「マレーシア、シンガポールの結成とマレー・ムスリム─『カラム』からみた脱植民地化」
野中葉「マレーシアとインドネシアのダアワ運動の接点─インドネシア側の資料を用いて」
篠崎香織「華人のイスラム教への改宗(1950-60年代)に見るマラヤ地域の社会と国家」
山本博之「越境する映像とせめぎあう物語─1950年代の『カラム』に見る外国映画批判」
資料編:「千一問」試訳
・ “Peredaran (Jawi Magazine Reprint Series 1) (CIRAS Discussion Paper 73)” Compiled by Yamamoto Hiroyuki, Transliterated by Jawi Research Society in Japan (2017)
・ “Kanak-kanak (Jawi Magazine Reprint Series 2) (CIRAS Discussion Paper 74)” Compiled by Yamamoto Hiroyuki, Transliterated by Jawi Research Society in Japan (2017)
・ “Warta Jenaka 1 (Jawi Magazine Reprint Series 3) (CIRAS Discussion Paper 75)” Compiled by Yamamoto Hiroyuki, Transliterated by Jawi Research Society in Japan (2017)
・ “Warta Jenaka 2 (Jawi Magazine Reprint Series 4) (CIRAS Discussion Paper 76)” Compiled by Yamamoto Hiroyuki, Transliterated by Jawi Research Society in Japan (2017)

【公開シンポジウム】
・ Public Lecture Series “Age of Qalam”(2017年2月18日、Malay Heritage Centre, Singapore)
[プログラム]
‘Space Satellite and Hair Oil: Exploring Muslim Modernity in Pre-independence Singapore’
by YAMAMOTO Hiroyuki
‘World View of Malay Muslim Intellectuals in Singapore’ by TSUBOI Yuji
【電子媒体】
・ カラム雑誌記事データベース:http://majalahqalam.kyoto.jp/

研究成果公表計画, 今後の展開等

[H28年度]
2017-18年度の東南アジア地域研究研究所CIRASセンター共同研究「東南アジアの国民国家の形成過程における民族・宗教の対立」においてこれまでの共同研究を発展させ、ディスカッションペーパーの論考をまとめなおすことで成果を商業出版へとつなげる。

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