純文学と大衆文学における文学空間史とデータベースの構築

代表

工藤 彰(東京工業大学大学院・非常勤講師)

共同研究員

尾城奈緒子(同志社大学大学院文化情報学研究科・博士課程)、河瀬 彰宏(同志社大学 文化情報学部・助教)、金 明哲(同志社大学文化情報学部・教授)、工藤 彰(東京工業大学大学院・非常勤講師)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

平成30年4月~平成31年3月

目的

文学作品を通じてその時代性や社会性を読み解き人間を理解しようとするに際し、地理情報は重要なキーワードとなる。作品中の地理情報がストーリーのイメージを形成し、登場人物の心象風景を読者に喚起させる重要な情報となっているからである。文学作品に現れる地理情報を実証的に分析するために、現在、デジタル・ヒューマニティーズの領域では、GIS等を援用したDigital Literary Geography(DLG)という研究の動向に注目が集まっている。申請者が2016年度に京都大学地域研究統合情報センターから助成を受けた研究課題では、20世紀における芥川賞受賞作に対してテキストマイニングを実施した。その結果、作家の出身地と作品舞台のあいだに強い関連が存在することや、地理情報の用い方が作家によって偏っていることが明らかとなった。その成果を受けて本研究では、2000年代以降の芥川賞全作品と1935年から現在までの直木賞受賞作品の地理情報データを追加し、純文学だけでなく大衆文学を含めて、文学空間の地理的特徴を実証的に明らかにすることを目的とする。

研究実績状況

[H30年度]
戦後から70年代までの直木賞受賞作85作のデータ化を進めた。直木賞作は全集が発行されていないため、追跡調査を円滑に実施できるように、参照した作品の単行本・文庫本の区別や出版社、版など書誌情報の入力を行った。また、小説のテキスト全文から地理情報が含まれる語を抽出し、分類は「国内」「国外」「言語」などの規定の基準に従った。前プロジェクトで課題であった複数の地域にまたがる地理用語の処理に関しては今回も収集対象としたが、分析にあたっては比較の粒度を揃えるため、都道府県と国の単位に含まれるもののみとした(今後、例えば「アジア」「日本」「東京」といった指示対象のサイズの異なる語が構造化できるほど分量が収集されれば研究の意義はあるが、現状は全地理コーパスから並列的な分析対象に焦点を絞る必要がある)。具体的な分析の進捗状況として、70年代までの芥川賞作・直木賞作に登場した「都道府県」、また都道府県を統合した「地方」の統計分析・可視化まで行った。

研究成果の概要

[H30年度]
「都道府県」では、芥川賞作・直木賞作の共通した特徴を見ると、東京、神奈川、福岡といった大都市を含む都道府県が上位に、鳥取や宮崎など比較的小規模の県があまり登場していないという結果になった。
それぞれの特徴については、芥川賞作は北海道、山形、長崎などさまざまな地方の都道府県が頻出する一方、直木賞作は大阪、京都、三重といった近畿地方が数多く見られた。低頻度の都道府県としては、芥川賞作が岩手、岐阜、島根、佐賀と地方は異なるもののいずれも関東・近畿から外れた県だった。直木賞作は埼玉、富山、愛媛、徳島が少なく、四国があまり描かれていないことがうかがえたが、埼玉は最頻出の東京の隣県であり、今後の調査が期待される興味深い結果となった。
「地方」では、芥川賞作・直木賞作ともに関東が多く、また四国と中国が少ないことからも、文学に描写される地域は都市部に集中していることがわかった。さらに芥川賞作は九州、直木賞作は近畿が頻出するという結果は「都道府県」の分析とも共通していた。検定の結果からは、芥川賞作が東日本+九州、直木賞作が西日本(九州除く)を選ぶ傾向にあった。
 時代ごとの分析では、芥川賞作・直木賞作ともに戦後復興期に近畿、高度経済成長期に関東が重視されており、70年代になると減少する傾向も共通していた。また広島・長崎を含む中国と九州は戦後すぐに描かれることはなく、10年以上のブランクをおいてから、芥川賞、直木賞の順に増加した。

公表実績

[H30年度]
研究会
・Text Mining 2018、純文学と大衆文学における文学空間史とデータベースの構築、2018年6月9-10日、同志社大

研究成果公表計画, 今後の展開等

[H30年度]
今後は都道府県や地方に加えて、海外の国や大陸の登場頻度を集計し、純文学と大衆文学の特徴、そして時代における特徴をよりクリアにすることが求められる。さらに地理用語の使用文脈を探るには、テキストマイニングによる共起分析や多変量解析が有効である。研究の次なるステップのためにも、時間・労力の問題はあるが、全文の電子テキスト化および文学の地理オントロジー作成を考えなければならない。また、研究者のみならず一般利用を想定した、GISと連動させた文学の地理空間に関するアーカイブ構築も射程に入れたい。

あわせて読みたい