日本民謡の地域情報学的分析―音の伝播と普遍性

代表

河瀬 彰宏(同志社大学 文化情報学部・助教)

共同研究員

宇津木 嵩行(フリーランス)、河瀬 彰宏(同志社大学 文化情報学部・助教)、工藤 彰(東京工業大学大学院・非常勤講師)、福田 宏(成城大学法学部・准教授)、矢向 正人(九州大学大学院芸術工学研究院・教授)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、吉野 巌(北海道教育大学教育学部札幌校・准教授)

期間

平成29年4月~平成31年3月

目的

本研究の目的は,日本の伝統音楽を対象にその地域的特徴――各地域の音楽を構成する要素とそれらの相互的関係――を定量化し,日本本土の民謡の特徴と比較することにより,「地域の知」の創生と再生を実践することである.具体的には,日本民謡を電子データ化することで情報学的分析基盤(音楽コーパス)となる日本民謡楽曲コーパスを構築し,これに計量的分析を実施することで,旋律的特徴(音組織)を抽出する.音組織とは,旋律に内在する法則であり,ある文化の音組織を捉えることは,その文化の音楽を形成する音の相互的関係,伝播,変容,普遍性の解明につながると考えられている(Temperlry 2001).申請者は,平成28年度「地域情報資源の共有化と相関型地域研究の推進拠点」の共同研究プロジェクトにおいて中国地方・九州地方における日本民謡の計量的分析を実施し,地域間に隠された特徴を明らかにした.本応募課題はこれを全国的規模に拡張し,日本列島全体における民謡の地域情報学的分析を実施するものである.

研究実績状況

[平成29年度]
本年度は,情報学的分析基盤となる(a)日本民謡の楽曲コーパスの整備と(b)地域情報のリスト化作業に従事した.(a)日本民謡の楽曲コーパスの整備については,平成30年3月末の段階で『日本民謡大観』(日本放送協会出版,1944-1980)全9巻に掲載されている楽曲の電子データ化を完了させた.また,(b)地域情報のリスト化作業についても,平成30年3月末に各楽曲の採録地の地名情報,旧国(令制国),位置情報(経度および緯度)のリスト化を完了させた.
平成30年2月13日(火)に京都大学東南アジア地域研究研究所において第一回共同研究会を開催し,平成30年1月現在のデータ整備状況とリスト化作業の進捗状況,これまでに実施してきた地域間の比較分析の問題点,整備完了後のデータを利活用するための今後の指針について情報共有とディスカッションを行った.分析結果からは見えてこない音楽の地域性に関する情報を補間するために,3月27日から3月30日まで宮崎県の諸塚村と椎葉村で調査を実施した.次年度にも同様の研究会と調査を実施する予定である.

[平成30年度]
平成30年度は次の3点を実施した:(a)日本民謡の楽曲コーパスを用いた地域別のリズム・パターンの抽出とその比較分析を実施し,(b)これまでに地域差の分類に係る重要な要素として着目していたテトラコルドの変化による人の印象の変化を探る心理実験を実施した.(c)音韻の計量分析を目的とした民謡楽曲データへの歌詞入力済データの整備.(a)については,平成30年3月にコーパス整備が完了し,東日本の太鼓を用いる全楽曲に対して確率過程を用いてリズム・パターンを抽出した.そして,頻出するパターンと各地域の伝統芸能・風習との関係を考察した.(b)については,日本全国に最も広く分布する種目である盆踊唄全677曲を用いて旋律を自動生成し,テトラコルド(これまでに本プロジェクトで明らかにしてきた各地の旋律の差異を決定する旋律の要素)が変化した際に,人の印象がどのように変化するのかを明らかにする評価実験を実施した.(c)については,今後日本民謡の歌詞の音韻と旋律の音程の高低の関係を地域別に分析するための基盤構築を行った.

研究成果の概要

[平成29年度]
報告者は,これまでに平成27年度・平成28年度「地域情報資源の共有化と相関型地域研究の推進拠点」の共同研究プロジェクトにおいて中国地方・九州地方における日本民謡の計量的分析を実施し,地域間に隠された音楽的特徴を明らかにした.本研究課題では,この研究データを拡張させるために,『日本民謡大観』(日本放送協会出版,1944-1980)全9巻に掲載されている楽曲の採譜地域情報のリスト化作業を実施し,北海道から鹿児島県までの全楽曲の位置情報(地名・令制国名・経度および緯度の値)の取得を完了させた.また,各地域の音楽的特徴の伝播と普遍性を捉えるために,リスト化作業と並行して全楽曲をXML形式に変換・整備する作業を実施した.
平成30年2月13日(火)に京都大学東南アジア地域研究研究所において第一回共同研究会を開催し,『日本民謡大観』に掲載されている全楽曲の採譜地域情報のリスト化完了の報告と地理情報や心理実験としての利用方針について討議を行った.3月27日から30日までの期間に宮崎県において神楽と民謡の調査を実施した.今後は第二回共同研究会を開催し,地域内での分析と全国的規模での分析を試み,地域間の相互関係(共通性・相違性)を具体的に明示する方針を討議する.そして,最終年度に楽曲情報と採録地域情報を相互参照可能な音楽コーパスを構築させることで,日本民謡に内在する普遍的特徴を明示的に記述する.

[平成30年度]
報告者はこれまでに平成27年度・平成28年度「地域情報資源の共有化と相関型地域研究の推進拠点」の共同研究プロジェクトにおいて中国地方・九州地方における日本民謡の計量的分析を実施し,地域間に隠された音楽的特徴を明らかにした.本研究課題では,この研究データを拡張させるために,『日本民謡大観』(日本放送協会出版,1944-1980)全9巻に掲載されている楽曲の採譜地域情報のリスト化作業を実施し,北海道から鹿児島県までの全楽曲の位置情報(地名・令制国名・経度および緯度の値)の取得を完了させた.また,各地域の音楽的特徴の伝播と普遍性を捉えるために,リスト化作業と並行して全楽曲をXML形式に変換・整備する作業を実施した.
 平成30年度の成果として,(a)楽曲データにおける和太鼓のリズム・パターンを計量的に比較し,東日本における各地方の特徴を明らかにした.東日本全体では,4分・8分・16分の等倍の打音の組み合わせ方に違いが見られ,とりわけ,北海道は音符と休符を短いスパンで繰り返す特徴があり,アイヌ音楽との類似点が見られた.また,北陸では他の地域と異なり8分音符を等拍で連続使用する傾向は雨だれ拍子に相当するものであり,浄土宗・浄土真宗における読経との類似点が見られた.(b)また,日本民謡の普遍性を追う上で従来研究では旋律中のテトラコルドの変化が人に与える印象について未解明であったため,本プロジェクトでは200名の実験協力者に対して印象評価実験を行った.その結果,同一構造をもつ旋律のテトラコルドが部分的に変化した場合に,人に与える印象に明確な違いがあることが明らかとなった.(c)については,全国的規模で楽曲データへの歌詞入力済データを整備したことで,今後,日本民謡の歌詞の音韻と旋律の音程の高低の関係を地域別に分析するための準備を完了させた.

公表実績

[平成29年度]
河瀬彰宏(2017)「文化現象を科学的に分析するための新たな指針」『日本比較文化学会第39回全国大会シンポジウム予稿集』.
河瀬彰宏(2017)「3カ国の民謡の旋律的特徴の比較分析」『淡交大学外國語文學院2017年度国際シンポジウム予稿集』
Kawase, A. (2017) Quantitative Analysis of Traditional Folk Songs from Shikoku District. Proc. of the International Conference on Culture and Computing 2017.
Kawase, A. (2017) Counting the Traditional Japanese Musical Scales: Analyzing Folk Songs from Chugoku and Kyushu Districts. Proc. of Japanese Association for Digital Humanities 2017.
Kawase, A. (2017) Regional Classification of Traditional Japanese Folk Songs from Southwest Regions. Proc. of the International Conference of Digital Humanities 2017.
Kawase, A. (2017) Exploring the Historical Transition of Tonality Changes in Japanese Popular Songs Using KeyScape. Proc. of The Sixth International Conference of The Asia-Pacific Society for the Cognitive Sciences of Music.
河瀬彰宏(2018)「地理情報システムを用いた日本民謡大観の可視化」『日本民俗音楽学会研究例会予稿集』.

[平成30年度]
Kawase, A. and Kuwahara, M. (2018) “Quantitative analysis of rhythm patterns of traditional Japanese folk songs from eastern districts,” Proc. Digital Humanities Austria 2018, 於Paris Lodron University Salzburg.
河瀬彰宏(2018)「テトラコルドの使用頻度による日本各地の音楽性の分類」2018年度日本分類学会シンポジウム予稿集,於沖縄青年会館.
Kawase, A. (2018) “Comparisons of pitch intervals in Japanese popular songs from 1868 to 2010,” Proc. Japanese Association for Digital Humanities Conference 2018, 於一橋講堂.
河瀬彰宏(2018)「日本民謡の旋律と歌詞の音韻の計量比較による地域性の分析」,テキストマイニング2018,於同志社大学.
河瀬彰宏・高橋沙緒里(2018)「明治維新以降の歌謡曲の旋律の構造分析」淡江大学外國語文學院2018年度国際シンポジウム,於淡江大学.

研究成果公表計画, 今後の展開等

[平成29年度]
平成30年度(2年計画の2年目)は,主に次の3点を実施する.(1)日本全国の民謡に関する地域的特徴の定量的な分析;(2)楽曲情報と採録地域情報を相互参照可能な音楽コーパスと,ここから抽出される地域間の差異を示す特徴量の取得;(3)未解明だった音楽文化の伝播・変容の実証的研究を促進させるためのデータ公開.とりわけ,これまでに実施してきた地域間の比較分析に対する情報学的側面の問題点と民俗学的側面の考察を補強するために,平成30年3月に引き続き民謡の実地調査を実施する.そして,8月までに令制国ごとの旋律を計量的に分析し,音の使用傾向をまとめた生起確率情報付きリストを地域ごと・集落ごとに明らかにする.以上の作業と並行して12月までにデータ公開のための指針をまとめ,平成31年2月には日本民謡の地域情報学的分析に利用可能なかたちで採録楽曲の地域情報を公開する.

[平成30年度]
本研究課題においてこれまでに実施してきた研究成果は大きくわけて次の3点である:(1)楽曲情報と採録地域情報を相互参照可能な音楽コーパスの構築;(2)東日本の各地域における旋律的特徴およびリズム・パターンの地域差の検証;(3)テトラコルドの変化が人に与える印象の解明である.これまでに実施してきた地域間の比較分析に対する情報学的側面の問題点と民俗学的側面の考察を補強するために,情報学および民俗音楽学の専門家を招聘した研究会を開催し,最終的なディスカッションを経て,成果を投稿論文にまとめて刊行する予定である.

 

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