西洋音楽の地域情報学的分析―主題の通時性と共時性

代表

河瀬 彰宏(同志社大学 文化情報学部・助教)

共同研究員

尾城 奈緒子(同志社大学大学院文化情報学研究科・博士後期課程)、河瀬 彰宏(同志社大学文化情報学部・助教)、玉谷 充(同志社大学文化情報学部・助教)、福田 宏(成城大学法学部・准教授)、矢向 正人(九州大学大学院芸術工学研究院・教授)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、吉野 巌(北海道教育大学教育学部札幌校・准教授)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

本研究の目的は,400年以上に渡って蓄積されてきた西洋音楽の主旋律に対して地域情報学的分析を実施し,各地域・各時代における音楽的特徴を客観的に明らかにすることである.西洋音楽における主旋律(主題)とは,楽曲全体の表現性を端的に知覚させる基礎表現であり,楽曲の構成を俯瞰して提供する形式のことである.Reti(1978)の古典的研究によれば,音楽作品は外的な形式だけに基づかず,旋律動機の本質を主題へと発展させる内的操作によって成立し,その動機は楽曲全体の主題に係ることで楽曲を作り上げている.また,Meyer(1989)によれば,時
代や文化的背景が類似する作曲家の作品からは類似した印象を受けるという.近年では,Pateland Daniele(2003)によるイギリスとフランスの作曲家による主題の比較分析, VanHandeland Song(2010)によるフランスとドイツの作曲家による主題の比較分析などが実施されている.しかし,大規模なデータを用いて主題構造とその通時性・共時性を体系的に論じた研究は実施されていない.そこで,本研究課題では,“A Dictionary of Musical Themes”(Balow and Morgenstern 1975, 1983)に掲載された全作曲家の約10,000曲の主題をデータ化・計量分析する.その結果を,統計科学,情報学,心理学,音楽学,政治学,地域研究などの多分野にわたるメンバーが集う研究会を通して多角的に検証し,西洋音楽の各地域・各時代の特徴を明らかにしていく.

研究実績状況

[2019年度]
本研究課題を実施するにあたり、次の3点の目標を計画していた:(1)各地域・各時代における音楽的特徴を計量的な観点から明らかにすること。(2)楽曲情報と採録地域情報を相互参照可能な楽曲データと、ここから抽出される地域間・時代間の差異を示す特徴量を得ること。(3)基礎データである西洋音楽の主題に対して、作曲者の出身国・生没年・作曲年代・学派などの背景要因に基づく通時的・共時的な関係性を客観的に明らかにすること。これらの目標を達成する上で、分析を行うための基礎となる楽曲データの電子化作業は完了している。現在は、作曲者の出身国や作曲年代などの背景的要因に基づく楽曲の比較分析を行うために、作曲者の出身国・生没年・作曲年代の調査とメタデータの整理を進めている。

研究成果の概要

[2019年度]
2019年度の成果として、本研究課題遂行のために作成したデータを用いた研究発表を実施した:(a)計算機統計学会第33回大会(6月,東北大)における「音楽作品の比較分析に用いるリズム指標の提案」と、(b)16th Conference on the International Federation of Classification Societies(8月,テッサロニキ)における“Development of Indices for Regional Comparative Analysis Focusing on Rhythms”の2件である。これらは、Patel and Daniele(2003),Daniele(2016),Condit-Schultz(2019)などが提唱したリズムの特徴量をドイツ、イタリア、フランス出身の楽曲データに適用し、判別分析を試みた研究である。判別精度が高くないことから、時代的な要因を切り離し、作曲家の学派を考慮した上での分析の必要性が明確になった。現在も比較分析のための準備として、作曲者の出身国・生没年・作曲年代の調査とメタデータの整理を進めている。
また、プロジェクト採択時にヨーロッパの音楽に限定しない分析を期待されたことを承け、日本音楽の比較分析にも着手した。報告者は、2015年度以降に「地域情報資源の共有化と相関型地域研究の推進拠点」の共同研究プロジェクトにおいて、『日本民謡大観』(日本放送協会出版,1944-1980)全9巻に掲載されている楽曲の採譜地域情報のリスト化作業と比較分析を実施してきた。これまでに作成してきた日本民謡のデータに対して、本研究課題において扱っている様々なリズムの分析方法を適用した研究発表も実施した:(c)情報知識学会第27回年次大会(5月,筑波学院大学)における「nPVIを用いた日本民謡のリズム跳躍の計量分析」と、(d)日本民俗音楽学会第33回大会における「日本民謡のリズムの計量分析」(12月,埼玉大学)の2件である。これらは、民族音楽学において、拍が規則的でない楽曲の成立を解明することが日本民謡のリズム研究に関する「最大課題の中心」であると問題提起した小泉(1984)の仮説を実証することを主眼に置いたものである。

公表実績

[2019年度]
・河瀬彰宏:nPVIを用いた日本民謡のリズム跳躍の計量分析,情報知識学会第27回年次大会予稿集,2019.
・河瀬彰宏・玉谷充:音楽作品の比較分析に用いるリズム指標の提案,日本計算機統計学会第33回大会予稿集.2019.
・Kawase, A. and Tamatani, M.: Development of Indices for Regional Comparative Analysis Focusing on Rhythms, Proceedings of 16th Conference on the International Federation of Classification Societies. 2019.
・河瀬彰宏:日本民謡のリズムの計量分析、日本民俗音楽学会第33回大会予稿集.2019.

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
次の2点を計画している:(1)A Dictionary of Musical Themesに掲載された各作曲家の主題の特徴量の公開。(2)最終的な成果を論文誌への投稿。本研究課題では、分析の基礎となるとデータ作成と、楽曲の特徴量の考案に多くの時間を割いてきたため、年度内に研究会の開催が実現できなかった。しかし、現在は機械可読なデータとメタデータが充実してきたため、研究目標の達成に向けた研究会の開催を検討している。

 

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