低成長期のラテンアメリカと東南アジア─政治と経済の相互作用過程の比較分析─

代表

河合 沙織(龍谷大学国際学部・准教授)

共同研究員

河合 沙織(龍谷大学国際学部・准教授)、小暮 克夫(会津大学コンピュータ理工学部・上級准教授)、内山 直子(東京外国語大学世界言語社会教育センター・特任講師)、三重野 晴文(京都大学東南アジア地域研究研究所・教授)、村上 善道(神戸大学経済経営研究所・助教)、中西 嘉宏(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、浜口 伸明(神戸大学経済経営研究所・教授)、村上 勇介(京都大学東南アジア地域研究研究所・教授)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

  今世紀の初めにグローバル規模で拡大した資本主義経済は、2014年前後を境に、新興国の牽引力を失い、低成長の段階に入った。低成長基調は、2020年代においても相当期間にわたり続くと予想されている。そうした状況は、新興国をふくむ発展途上諸国に対し、経済の成長や拡大を前提とした諸政策の見直しを強いただけでなく、一定の所得水準に達した後にそれ以上の社会経済発展が進まない「中所得国の罠」にみられるように、深刻な格差や貧困を抱える発展途上諸国の構造的な課題をあらためて浮き彫りにした。経済が不安定化して社会的な亀裂や対立が深まり、2010年頃までの高度成長を支えた政治が大きく変動してきているのである。
 本研究は、低成長期における発展途上諸国のそうした政治経済の変動について、ラテンアメリカと東南アジアを対象として比較分析することを目的とする。両地域の新興国(ブラジル、メキシコ、チリ、タイなど)とそれ以外の国(ペルー、カンボジア、ミャンマーなど)を取りあげ、政治経済変動過程について、各地域内ならびに地域間での共通性と相違点を明らかにする。そして、亀裂や対立、不安定化を克服する条件について考察する。
 本研究は、昨年度に実施した研究で判明した、各地域一般における状況の相違(中国との経済関係のあり方の違いを反映した経済社会状況の違い)をふまえつつ、各メンバーが研究対象とする国の政治ならびに経済の動向について詳しく分析するとともに、政治と経済の相互作用を考察することに重点をおく。そして、各地域内での相違と地域を超えた共通性について検討を開始する。

研究実績状況

9月までは、代表者を中心に勤務先のコロナ対策関連の事情のためなかなか時間があわず、会合を持つことができなかった。その後、出席可能なメンバーのあいだで本研究テーマに関する意見交換を10月23日、12月11日、2月26日ならびに3月19日に開催した。
他方、ラテンアメリカチームは、ラテン・アメリカ政経学会第57回全国大会において、“Special Session: Globalization of Latin American Studies: Perspectives from East Asia”(11月14日)ならびに “Sesión especial: América Latina en la pandemia”(11月15日)を企画することとなり、10月9日に内部研究会を行ったうえで、本研究の成果の一部を反映させる形で実施した。
また、“Seminar Asia Pacific Studies: Urban Innovation and Resilience in Developing Countries”(10月15日開催、講師:Marco Kamiya, Senior Economist, Knowledge & Innovation Branch, UN-HABITAT Global Headquarters in Kenya)および “Serie commemorativa de 30 aniversarios del Colegio de Sonora: Dinámica cambiante de la política latinoamericana en la era del bajo crecimiento”(1月28日開催、講師:Yusuke Murakami)の開催に協力した。そして、2021年度に、アルゼンチン、メキシコ、チリの研究者によるセミナーを開催すべく、準備を進めた。

研究成果の概要

本研究会の課題名に含まれるように、全般的な基調としての低成長は2010年代後半に見られていたが、コロナ禍により、景気はさらに後退し、マイナス成長となった。そうした傾向の中で、すでにみられていたラテンアメリカと東南アジアの違い、つまり、後者のパフォーマンスが比較的よかった状況は、コロナ禍の後でも引き続き観察された。2020年の経済成長(世銀推計)はラテンアメリカがマイナス6.9%、東南アジアがマイナス2.9%と、東南アジアの方がマイナスの幅は小さかった(ただし、東南アジアでも、ラオス、カンボジアなどでは財政状況がより厳しくなっている)。その背景には、一つには、昨年度までの研究で明らかとなった中国との関係の違いがある。つまり、ラテンアメリカと中国の関係は、後者からの投資よりは、前者から後者への資源などの第一次産品を中心とする輸出(貿易)の規模が大きく、景気動向に大きく左右され、低成長の直接的な影響が出ている。これにたいして、東南アジアと中国の関係は、後者からの投資が多く流入している現象が観察されている。同時に、コロナ禍の影響もあったと考えられる。ラテンアメリカでは、国家の存在の弱さや大きな格差という構造的な問題を強く反映して、規模が大きい国ほどコロナの蔓延が強い。これに対して、東南アジア諸国では、拡大がみられる国もあるが、全般的には比較的軽い程度で推移している。
 以上のような条件の下で、政治が不安定化するケースがいずれにおいても見られる。ラテンアメリカでは、引き続きその傾向が顕著である。そうした中で、アルゼンチンにおいて政治が安定化する傾向が観察することが報告されてきている。これは、2010年代に、左派⇒右派⇒左派と選挙による政権交代が起きる過程で、新自由主義的な経済政策をめぐって、それに賛成する右派と反対する左派を結集する勢力が育ってきていて、議会において二極で固まる傾向が出てきていることによる。ちょうど、1990年代後半から2000年代前半にブラジルで起きたことと同様の過程が進行し始めているのである。これが定着するのかは今後の推移をみなければならないが、経済社会の主要争点をめぐる政党政治の展開が安定化の道筋を開くという、本研究の基になった先行研究会の成果ならびにその分析枠組みを裏打ちする可能性のある事象として注目される。

公表実績

上記、「研究実績状況」で言及したセミナーや学会でのセッションの他、出版としては次のようなものがある。
・藤田昌久,・濱口伸明 (2020)「文明としての都市とコロナ危機」小林慶一郎・森川正之編『コロナ危機の経済学:提言と分析』日本経済新聞出版、pp. 301-314。
・村上勇介 (2020) 「継続するネオリベラリズムと政党政治─低成長期ペルーの事例─」仙石学編『転換期のポピュリズム?』北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、pp,47-75。

研究成果公表計画, 今後の展開等

本研究のラテンアメリカ政治関連について、主要10ヶ国を対象とした論文集の原稿が、メキシコのベラクルス大学出版会において現在、査読のプロセスに入っている。これが首尾よくいけば、今年の後半に300ページ前後のスペイン語論文集が刊行されることになる。
 この本に掲載される成果の他の分析や成果は、内外の学会誌や論文集として刊行すべく、投稿や準備を進める。そうした刊行にむけた準備を加速させる研究会の開催を支える資金の獲得を目指す。

 

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