東南アジア映画にみる内戦の語り直し:亀裂の修復と社会再生

代表

篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・教授)

共同研究員

及川 茜(神田外語大学アジア言語学科・講師)、亀山 恵理子(奈良県立大学地域創造学部・准教授)、篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・教授)、西 芳実(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

本研究は、東南アジアにおいて内戦が社会にどのような亀裂をもたらし、そのことが今日どのように解釈されているのかを分析する。マレーシアとシンガポールでは独立の時期や独立後の国家構想の違いを巡り、マラヤ共産党と植民地政府・独立後の政府との間に内戦が生じた。インドネシアではスハルト体制への移行期に、国軍・イスラム教諸勢力とインドネシア共産党との間に内戦が生じた。東ティモールでは独立後の主権を巡る対立がインドネシアとの統合に至り、インドネシアに留まるか否かを巡り内戦が生じた。この過程でそれぞれの国家で、暴力の行使者とその被害者という関係性が生まれたり、家族が離散したりするような亀裂がもたらされた。さらなる対立を招かぬよう、こうした亀裂は長らく語られてこなかったが、亀裂に言及しながら現代史を語り直す映画が2000年代以降制作されるようになっている。本研究はこうした映画を資料とし、社会的な亀裂の修復と社会再生の試みを分析する。

研究実績状況

[2019年度]
マレーシア、シンガポール、インドネシア、東ティモールを対象に、現代史の語り直しを取り巻く2000年以降の状況を整理しつつ、内戦をテーマとする映画において社会的亀裂の再生がどのように描かれているのかについて分析を行った。採択以降、メールを通じて本プロジェクトの目的を共有し、それぞれに研究を進めた。2019年7月27日に京都で研究打ち合わせを実施し、今年度の計画を共有した。研究会を2回実施した(9月14日:福岡、10月6日:京都、2020年3月にもう1回実施する予定であったが感染症予防のため中止)。研究会では、これまでにディスカッションペーパーなどのかたちで公表してきた成果を商業出版につなげるための活動を中心に行った。出版予定の原稿の構想を執筆予定者がそれぞれ報告し、相互に検討・議論するとともに、各原稿を架橋しうる全体的なテーマの抽出・共有を試みた。これらの成果を出版物として公表した。また今年度中に出版物として公表予定のものもある(公表実績を参照)。

研究成果の概要

[2019年度]
建国期の歴史をめぐり、東南アジアでは2000年以降、公的に語られてきた歴史とは異なる個人の経験が提示されるようになりつつある。このことは、1990年代まで東南アジア各国に「強い政府」が存在したという背景のもと、公権力と社会との対立としてとらえられてきた。しかし権威ある唯一の語りが揺らぐ中で、むしろ社会のレベルにおいて、どの歴史観に立つのかをめぐり対立や亀裂が新たに生じている側面もあることが確認された。
こうした現実の社会における課題を共有したうえで、映画がどのように亀裂の修復を描いているのかを分析した。本研究が対象とする東南アジア4か国の映画には、内戦によって離散した家族が関係を復活させるという展開や、関係が疎遠となっていたり断絶したりしている家族の背景に内戦という遠因があることが明かされ、そのことに向き合うなかで家族の関係が修復されるという展開を見出し、家族の修復に社会の亀裂の修復への期待が込められているという構図を見出した。ただし家族関係の亀裂や修復は、例えば東ティモールの映画で皿を裏返すことが喪に服すことの描写であるように、それぞれの社会の文化的規範や慣習を踏まえて抽象的に描写されることも多いことがわかった。これにより、亀裂の発生とその修復というテーマを読み解くうえで、それぞれの社会において関係性のあり方を表象する情報の読み解きが重要となり、地域研究の蓄積が有用であるとの知見を得た。また映画の読み解きが地域研究に活用しうる情報資源の蓄積につながりうるとの見通しを得た。

公表実績

[2019年度]
・山本博之『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界――人とその作品、継承者たち』英明企画編集、2019年7月。
・亀山恵理子「『地域に資する映画』とは――地域創造と映画の関係を考える」『地域創造学研究』(奈良県立大学研究季報第30巻第1号、2019年、35-47。
・西芳実「映像は国民的悲劇をどう語り継ぐのか――インドネシア映画における9月30日事件」『混成アジア映画研究2019』CIRAS Discussion Paper No.91、2020年、34-44。
・亀山恵理子「紛争はいかに語り継がれるのか――映画『ベアトリスの戦争』に描かれた女たちの経験」『混成アジア映画研究2019』CIRAS Discussion Paper No.91、2020年、45-49。
・篠崎香織「50年後から振り返る5月13日事件――『新しいマレーシア』の構築に向けて」『マレーシア研究』第8・9号、2020年、ページ数未確定。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
2020年度に原稿の提出と査読を踏まえた原稿の修正を行い、科研費の研究成果公開促進費に応募し、2021年度内の刊行を目指す。研究成果公開促進費に採択されなかった場合は、他の出版助成に応募し、同様に2021年度内の刊行を目指す。

 

あわせて読みたい