中国の「一帯一路」構想と中央アジア諸国における国民感情の考察

代表

ダダバエフ ティムール(筑波大学人文社会系・教授)

共同研究員

帯谷 知可(京都大学 東南アジア地域研究研究所・准教授)、小松 久男(東京外国語大学大学院総合国際学研究院・特任教授)、塩谷 哲史(筑波大学人文社会系・助教)、宗野 ふもと(筑波大学人文社会系・特任研究員)、園田 茂人(東京大学 東洋文化研究所・教授)、ダダバエフ ティムール(筑波大学人文社会系・教授)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

中央ユーラシア諸国の国際政治やアフガニスタンにおける米国の介入、そして欧州連合の中央アジア政策は、これまでも重要な研究課題とされてきた。その中で、この地域において最近話題になっている政治言説が中国の“新シルクロード”である。そのような中国の政治的な言説に基づく新シルクロード構築の政策が中央ユーラシア地域において進められている中で、本政策が中央ユーラシア地域諸国のnational identity(国民意識)やethnicity(民族性)そして宗教観にどのような影響を及ぼしているのか、その影響で一般世論として中国の経済的な影響力をどのようにみているのかという問いは、先行研究では扱われることが稀な課題として残されている。本研究はこうした研究上の問題点を克服し、①国際関係学、歴史学の観点から、中央ユーラシア諸国は中国のシルクロード構想およびソフトパワー構築の試みとどのように接してきたのか、その戦略はいかなるものだったのかを論じた上で、②文化人類学の手法を用いて、中央ユーラシア諸国と中国の世論が相互をどのように認識しているのかを明らかにし、③中国の新シルクロード構想を始めとする中央ユーラシア諸国へのアプローチが、中央ユーラシア諸国側の国民から見て自らの民族、宗教という価値観にどのような影響を及ぼしているのか、あるいはどのように受け止められているのかを総合的・学際的に分析する。

研究実績状況

[2019年度]
本研究の一環として以下の活動が行われた。上記の目的①と③の達成のため、本研究の枠組み内において連続した研究会を実施した。国際関係学、歴史学の観点からの検討のため筑波大学における第1回研究会(2019年12月11日)にウズベキスタン世界経済外交大学のNazima DAVLETOVA講師、第2回研究会(2020年1月21日)に同ウズベキスタンビリムカルボニ所長のFarkhod TALIPOV博士を招き、中央アジア諸国(特にカルモフ政権以降の開かれつつあるウズベキスタンなど)からみて中国の「一帯一路」計画がどのように見えるかについて報告をしてもらった。そして東京大学東洋文化研究所において第3回研究会(2020年1月22日)を開き、その際に上記の目的②の問題を検討するため、廣野美和(立命館大学)「一帯一路プロジェクトの現状と課題」、ダダバエフ ティムール(筑波大学)「中国の対中央アジア協力と日韓露の政策との比較:経済協力ロードマップを中心に」、園田茂人(東京大学)「大学生調査から見えてくる国民感情」の諸報告を行い、中央ユーラシア諸国と中国の世論が相互をどのように認識しているのかについて検討を行った。それに際して、とくに重要な課題として「国民感情」とは何かという問いや世代間の「感情」の温度差、中央アジア諸国の政策関係者である「官僚」の「感情」の位置づけなどが議論された。また、園田教授による世論調査の成果について意見交換が行われた。その次に、同東京大学東洋文化研究所にて第4回研究会(2020年1月28日)を開催し、韓国の漢陽大学校のBoram SHIN教授に「中央アジアから見た韓国と韓国から見た中央アジア」のテーマで報告を依頼し、中国の中央アジア地域における様々なプロジェクトとそれに対する国民感情を韓国と比較して検討した。筑波大学での第5回研究会(2020年2月10日)においては、ダブリン大学のPOLESE Abel博士を招き、中国の一帯一路プロジェクトを国民の移動と貿易の観点からどのように理解するべきなのかについての報告をしてもらい、第6回研究会(2020年2月11日)においてはオーストラリア国立大学のKirill NURZHANOV教授が中国の一帯一路とタジキスタンの関係について報告を行う。

研究成果の概要

[2019年度]
本研究の研究成果として以下の3点が挙げられる。

第一に、本研究の問題点として中央アジア諸国と中国の関係が挙げられ、このような関係がどのように国民から見られるのかを分析した。同時に、国民の国家間関係に対する姿勢をどのように分類すべきかについて議論し、このテーマを研究する上で国民感情をどのように概念化すべきかについては意見が分かれた。本研究において、国民感情を一般国民(とくに学生に対する世論調査)、官僚の見方(その場合、行動計画をその見方の結果としてみる)とこれらの国家を代表する政治家の姿勢(政治言説)に分けて分析した。

第二に、上記の国民感情を把握することは、どの国家においても重要な課題である。中国と中央アジア諸国の関係において政治言説の研究がこれまで重要な研究テーマになってきたが、一般国民がその政策をどのように見ているかはそれほど重視されてこなかった。しかし、政治体制の本質から判断し、「一帯一路」に対する中国と中央アジア諸国の政府の姿勢の把握のみでは一般国民の姿勢を把握できるとは言えず、「国民感情」が国際関係論の重要な研究対象になると期待される。

第三に、本研究の「一帯一路」に対する国民感情を研究する過程で明らかにしえたこととして、外交政策の「説得力」は「国民感情」によって変わるという点が挙げられる。そういう意味では「一帯一路」はある意味では「言説」に過ぎず、国民の姿勢により、その効果は変わっていく。従って、国民の感情が「一帯一路」を含む外交政策を形づけていく要因の一つであり、中国や中央アジア諸国以外の国々の外交政策を理解していく上でも非常に重要な研究対象になる。

これらは成果として挙げられるが、現時点でこれらは学術的な成果というより、1年間の間の研究により作られた仮説に過ぎず、今後これらの課題をさらに検証していく。

公表実績

[2019年度]
本研究の公表実績は以下の2つの方法で行われている。

第1に、本研究の内容は以下の学術書と学術雑誌を通じて刊行されている。

著書

1) Timur Dadabaev, Transcontinental Silk Road Strategies: Comparing China, Japan and South
Korea in Uzbekistan, Oxon: Routledge, June 2019. ISBN 978-0-429-26282-1

2) Timur Dadabaev, Chinese, Japanese and Korean In-roads into Central Asia: Comparative Analysis of the Economic Cooperation Road Maps for Uzbekistan, (Policy Studies Book Series), Washington: East West Center (May 2019). ISBN 978-0-86638-285-4

3) 塩谷哲史『転流―アム川をめぐる中央アジアとロシアの五〇〇年史―』風響社、2019年。 ISBN 9784894894150

学術論文

1) Timur Dadabaev, “Afghanistan 2019: Trump’s ‘Walkaway” strategy and the Future of the post-Election Afghanistan”, Asian Survey, 69:1, pp. 213-220 (February 2020).

中国語訳は「2019年的阿富汗:特朗普的撤军战略与大选后阿富汗的未来」『国政学人』 第379期、2020年4月13日、https://zhuanlan.zhihu.com/p/129026367.

2) Timur Dadabaev, “Discourses of rivalry or rivalry of discourses: Discursive strategies of China and Japan in Central Asia”, The Pacific Review, Volume 33 (2020), Issue 1, pp.61-96.

3) Timur Dadabaev, “Developmental State and Foreign Policy in Post-Karimov Uzbekistan”, SAGE Handbook of Foreign Policy, Volume 2, (2019)pp.893-917.

4) Akifumi Shioya, “The Treaty of Ghulja Reconsidered: Imperial Russian Diplomacy Toward Qing China in 1851,” Journal of Eurasian Studies, 10-2, 2019, pp.147-158.

第2に、本研究は研究会や国際会議を通して研究内容を公表している。
連続して実施した研究会

第1回(2019年12月11日) Nazima DAVLETOVA講師(ウズベキスタン外務省付属世界経済外交大学)「新グレート・ゲームと水資源管理:ウズベキスタン外交のジレンマ」

第2回(2020年1月21日) Farkhad TALIPOV博士(ウズベキスタンビリムカルボニ研究所所長)「中央アジアの地域統合」

第3回(2020年1月22日) 廣野美和(立命館大学)「一帯一路プロジェクトの現状と課題」、ダダバエフ ティムール(筑波大学)「中国の対中央アジア協力と日韓露の政策との比較:経済協力ロードマップを中心に」、園田茂人(東京大学)「大学生調査から見えてくる国民感情」

第4回(2020年1月28日) Boram SHIN教授(漢陽大学校)「中央アジアから見た韓国と韓国から見た中央アジア」
〇研究成果公表計画、今後の展開等
第5回(2020年2月10日) POLESE Abel博士(ダブリン大学)「中国の一帯一路プロジェクトの国民の移動と貿易の観点からの分析」

第6回(2020年2月11日) Kirill NURZHANOV教授(オーストラリア国立大学)「中国の一帯一路とタジキスタンの関係」

国際シンポジウム:(2020年3月30日~31日)「International Perspectives on Sustainable Development Goals in Eurasia」(東京、日本財団ビル)において総括する予定であったが新型コロナウイルス感染症の懸念から延期となった。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
2020年度において本研究期間中に得られた情報に基づき国際的な学術誌と著書の形で刊行を行う予定である。学術誌と著書のタイトルは現時点では未定である。

 

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