東南アジアのムスリム社会における女性の社会的地位

代表

光成 歩(津田塾大学学芸学部・講師)

共同研究員

金子 奈央(長崎外国語大学外国語学部・特別任用講師)、篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・教授)、西 芳実(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、光成 歩(津田塾大学学芸学部・講師)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

東南アジアの多宗教社会において、ムスリム女性の社会的地位をめぐるイスラムと近代的規範との相克と接合の過程を検討する。具体的には、第二次世界大戦後のムスリム女性の社会進出を受けてムスリム社会に起きた議論を、雑誌記事の通時的分析により明らかにする。家族法改革や男女賃金格差など、女性の地位に関する問題は議会でも扱われたが、男性中心の議会では女性が直面した問題について十分な議論がなされず、新聞や雑誌等の定期刊行物が議論の場として重要な役割を担った。当時の定期刊行物は短期間で廃刊となることが多く、通時的分析には不向きだが、マレー語月刊誌『カラム』は、1950年から1969年の20年間にわたり切れ目なく発行された点で他に類を見ない雑誌であり、移行・再編期のムスリム社会の動向を分析する上で高い資料性を有する。本研究は、読者の質問にイスラム知識人が回答する「千一問」欄(1950〜1968年)を取り上げ、一般のムスリムの視点で女性の社会的地位がどのように論じられていたのかを検討し、「千一問」の日本語全訳版と合わせて発表する。『カラム』の全記事はCSEASが所蔵・公開しており、本研究は、研究所所蔵資料を活用した研究である。

研究実績状況

[2019年度]
本年度は2回の研究会を行った。第1回研究会(2019年8月、京都大学)では、研究代表者が本共同研究ユニットの目的と方法を説明し、「千一問」のデータの集約および分析の方針と役割分担を確認した。また、「千一問」のマレー語から日本語への試訳の進捗状況を共有し、課題と対応策を議論した。第2回研究会(2019年11月、津田塾大学)では、研究代表者が「千一問」の質問の分類方法について発表し、「千一問」の質問群の分類方法について検討した。また、足立真理(京都大学)が「1950-60年代シンガポールにおけるザカート(喜捨)の変遷:『カラム』誌における千一問から」を発表し、議論を通じて「千一問」の内容に対する理解を深めた。これらと並行して共同研究員が論文執筆を進め、ディスカッションペーパーとして刊行した。

研究成果の概要

[2019年度]
脱植民地化および独立直後の東南アジアのムスリム社会における女性の社会的地位を理解するための枠組みづくりとして、資料とする「千一問」の情報を俯瞰するために四つの作業を進めた。第一に、「千一問」の質的・量的分析の基礎となるデータの整理統合と一覧化の作業である。「千一問」は、月刊誌に20年間にわたり掲載されており、掲載時期によって質問と回答の形式が変化している。このため、一定の基準にもとづいて質問と回答を切り分け、全ての質問と回答に通し番号を与えた。また、投書子の名前と住所の一覧を作成し、共同研究の基礎資料とした。
第二に、「千一問」が取り上げた領域を俯瞰するため、質問と回答をテーマ別に分類した。「千一問」の問答はイスラムへの関心に基づいているため、イスラムの知の体系にもとづく分類を用いることを検討したが、マレーシア・イスラム理解研究所などのマレーシアのイスラム教に基盤を置く図書館や図書室では米国議会図書館分類表が用いられていることから、本共同研究でも同分類表による分類を試みた。この結果、女性の社会進出や公共空間における男女の接触等の女性に関する質問がテーマ別に適切に可視化された。「千一問」の問答はイスラムへの関心にもとづいているが、その中でも女性に関する質問は社会の近代化に伴って発せられているためだと考えられる。
第三に、「千一問」を活用した内容分析の実施である。特定のテーマに合致する質問および回答を抽出した分析により、イスラム復興期を迎える以前の島嶼部東南アジアにおいて、イスラム実践の適切なあり方が模索されていた様が明らかになった。
第四に、「千一問」日本語訳の作成である。研究代表者らの研究グループが2016年以降取り組んできた85号分の試訳の再検討および整理を行うとともに、新たに21号分の試訳を行った。

公表実績

[2019年度]
『カラムの時代Ⅺ――マレー・イスラム世界の女性と近代』(CIRAS Discussion Paper No. 92)京都大学東南アジア地域研究研究所、2020年3月。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
研究成果として、「千一問」の全訳資料の刊行と学術論文から成る研究書の刊行の2つを予定する。2020年度を目処に、「千一問」全編の翻訳作業を完了し、全訳資料集として刊行するための出版助成を申請する。また、「千一問」の俯瞰的な分析結果を踏まえ、内容を分析した論文執筆し、2021年度に出版助成を申請する。

 

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