東南アジアの多宗教社会におけるムスリム女性の家族形成と宗教実践

代表

光成 歩(津田塾大学学芸学部・講師)

共同研究員

光成 歩(津田塾大学学芸学部・講師)、坪井 祐司(名桜大学国際学群・上級准教授)、久志本 裕子(上智大学総合グローバル学部・准教授)、金子 奈央(長崎外国語大学外国語学部・特別任用講師)、西 芳実(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

 東南アジアの多宗教社会における近代化局面でムスリム社会が直面した課題について、ムスリム女性の家族形成と宗教実践に焦点をあてて検討する。具体的には、脱植民地化期の島嶼部東南アジアにおいて、ムスリム女性の社会的地位の変化がムスリム男女の社会生活全般に関わる問題として論じられた過程を、雑誌記事の通時的分析により明らかにする。ムスリム女性の社会的地位については議会資料による分析がなされてきたが、社会生活に即した多様な課題を捕捉するのは困難であり、この観点から、新聞や雑誌等の定期刊行物が重要な資料となりうる。ただし、当時の定期刊行物の多くは短期間で廃刊となり、通時的分析には不向きである。このなかで、1950年から1969年の20年間にわたり切れ目なく発行されたマレー語月刊誌『カラム』は他に類を見ない雑誌であり、脱植民地化期のムスリム社会の動向に関する高い資料性を有する。本研究は、読者が生活者の視点から質問を投稿した「千一問」欄(1950〜1969年)を取り上げ、女性の社会的地位の変化がムスリム社会に与えたインパクトを検討した上で、「千一問」の日本語全訳版と合わせて発表する。『カラム』の全記事はCSEASが所蔵・公開しており、本研究は、研究所所蔵資料を活用した研究である。

研究実績状況

本年度は、対面での研究会開催の機会が著しく制限されていた。このため、年度の前半は研究代表者より共同研究員に個別に連絡を取り、研究を進めた。具体的には、本共同研究ユニットの目的と方法を説明し、「千一問」のデータの集約および分析の方針と役割分担を確認した。また、「千一問」のマレー語から日本語への試訳の進捗状況を共有し、課題と対応策を議論した。これに基づき、共同研究員は個別に論文執筆を進め、第1回研究会(2021年1月、Zoom会議で開催)で進捗を報告した。また、研究代表者が「イスラム的な知の枠組みによる『千一問』の質問分類」と題する研究発表を行い、「千一問」質問群のファトワ集項目を利用した分類方法について検討した。共同研究員が執筆した論文および「千一問」日本語試訳は、ディスカッションペーパーとして刊行した。

研究成果の概要

脱植民地化期の東南アジアにおけるムスリム社会の課題と、そのなかでの女性イシューの位置づけを把握するため、「千一問」の情報を用いて四つの作業を進めた。
第一に、イスラムの知的枠組みによる「千一問」質問群の分類作業を行い、一覧表を作成した。分類に関しては、前年に、西洋近代的な知の枠組みである米国議会図書館分類表による分類作業を行っており、この際の課題を踏まえてイスラム的な知の枠組みでの分類を試みた。採用したのは、エジプトのイスラム法学の権威によるファトワ(法学見解)集と、マレーシアの政府機関であるイスラム開発局が公開しているファトワ集でそれぞれ用いられている項目群である。二つのファトワ集項目を併用することで、ムスリムが現代社会で抱える課題や関心の、地域を超えた共通性と地域の事情に規定された特殊性が浮き彫りなった。
第二に、上記の作業により作成した「千一問」質問群の項目別一覧において、女性イシューが占める位置を把握した。女性に関する話題は、宗教実践、家族形成、公共空間での男女の振る舞いや装いといった領域に相当数現れており、全体の課題を体現する位置にあることが明らかとなった。
第三に、「千一問」を活用した内容分析を実施した。共同研究メンバーがテーマごとに合致する質問および回答を抽出して分析を行い、イスラム復興期を迎える以前の島嶼部東南アジアにおいて、宗教実践の適切なあり方が模索されていた様が明らかになった。
第四に、「千一問」日本語訳の作成である。共同研究グループが2016年以降進めてきた既刊106号分の試訳の再検討と整理を行うとともに、新たに未訳出の24号分の試訳を行った。

公表実績

『カラムの時代ⅪI――マレー・イスラム世界の社会変容と女性』(CIRAS Discussion Paper No.101)京都大学東南アジア地域研究研究所、2021年3月。

研究成果公表計画, 今後の展開等

研究成果として、「千一問」の全訳資料の刊行と学術論文から成る研究書の刊行の2つを予定する。2021年度を目処に、「千一問」全編の翻訳作業を完了し、全訳資料集として刊行するための出版助成を申請する。また、「千一問」の俯瞰的な分析結果を踏まえ、内容を分析した論文執筆し、2022年度に出版助成を申請する。

 

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