災いへの社会的対応

代表

西 芳実(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)

共同研究員

金子 奈央(アジア経済研究所地域研究センター・リサーチアソシエイト)、亀田 尭宙(京都大学東南アジア地域研究研究所・助教)、篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・准教授)、坪井 祐司(東洋文庫・研究員)、西 芳実(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)、野中 葉(慶應義塾大学総合政策学部・研究員)、光成 歩(宗教情報リサーチセンター・研究員)、山口 元樹(東洋文庫・研究員)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、細田 尚美(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・助教)、水野 敦子(九州大学大学院経済学研究院・准教授)

期間

平成28年4月~平成31年3月

目的

国境を越えた人の移動と各国内での都市化の進展により社会的流動性が高まっている今日の世界において、国別に制度化された災害対応では十分に対応できないリスクへの対応が求められているが、世界には地域的・伝統的なものを含めて災いへの対応の様々な経験の蓄積がある。地域差を越えて共有できる標準化された災害対応の仕組みづくりの重要性も念頭に置きながら、そこから零れ落ちる地域や時代によって異なる災害対応の実践の事例を収集し、その意義を検討することを通じて、現代世界にあらわれる多様な災いに社会が対応する際のレジリエンスを高めることを目的とする。

研究実績状況

[ 平成28年度 ]
① 京大東南地域研の地域情報学プロジェクトとの共同により、インドネシアの事例を中心とする「災害と社会 地域情報マッピングシステム」ならびにラテンアメリカの事例を中心とする社会紛争データベースとそれに基づく社会紛争マッピングシステムの開発を順次進めた。
② 京大東南地域研の「災害対応の地域研究」プロジェクトとの共同により、戦争・独立・政変・内戦などの急激な社会変動とそれにより生じた社会の亀裂を「災厄」と捉え、世界の諸地域における災厄からの復興過程を比較・検討した。復興の事例を比較し、両者を架橋する手法を検討した。
③ 災害対応研究のレビューを行い、人文社会系による災害対応研究の意義について、災害対応研究ならびに東南アジア研究のそれぞれにおける位置づけを検討した。
④ JSPS拠点形成事業「アジアの防災コミュニティ形成のための研究者・実務者・情報の統合型ネットワーク拠点」と連携して、インドネシア、フィリピン、マレーシア、日本の災害対応研究と実践を共有する国際セミナーを2回実施した。また、インドネシア、フィリピン、マレーシアの若手研究者を対象に日本の防災実践を伝えるフィールド研修を日本国内3か所(京都、大阪、熊本)で実施し、文化社会背景の異なる国で災害対応の実践を共有する方法を検討した。
⑤ 個別ユニット「東南アジアのムスリムをめぐる社会的亀裂とその対応」ならびに個別ユニット「災害対応の実践の場としてとらえる映像作品」の研究打ち合わせに参加し、複合ユニットのテーマに即した研究課題の絞り込みや研究成果の社会発信を支援した。

[ 平成29年度 ]
① 京大東南地域研の地域情報学プロジェクトとの共同により、インドネシアの事例を中心とする「災害と社会 地域情報マッピングシステム」の開発を順次進めた。
② 京大東南地域研の「災害対応の地域研究」プロジェクトとの共同により、東南アジア史研究における戦争・独立・革命・政変について災害対応研究の観点から再検討し、災いへの社会的対応を考える際のアプローチを検討した。
③ 京大東南地域研の「災害対応の地域研究」プロジェクトならびに文部科学省スーパーグローバルハイスクール事業との共同により、東南アジアの研究者と日本の高校生が国を越えて共通の課題について考える高大連携国際ワークショップを開催し、防災の国際協力を担う人材育成とネットワークづくりをはかった。また、インドネシア、フィリピン、マレーシアの若手研究者を対象に日本の防災実践を伝えるフィールド研修を日本国内3か所(京都、広島、東京)で実施し、文化社会背景の異なる国で災害対応の実践を共有する方法を検討した。
④ JSPS拠点形成事業「アジアの防災コミュニティ形成のための研究者・実務者・情報の統合型ネットワーク拠点」と連携して、インドネシア、フィリピン、マレーシア、日本の災害対応研究と実践を共有する国際セミナーを2回実施した。
⑤ 個別ユニット「災いへの対応としての非正規滞在者:東南アジアを事例として」ならびに個別ユニット「東南アジアの国民国家の形成過程における民族・宗教の対立」の研究打ち合わせに参加し、複合ユニットのテーマに即した研究課題の絞り込みや研究成果の社会発信を支援した。

[ 平成30年度 ]
最終年度にあたる今年度は、研究成果のとりまとめを進めるとともに、これまでの研究実績を踏まえた研究ネットワークの拡大とメディア連携ならびに社会発信を重点的に行った。
①京大東南地域研の地域情報学プロジェクトとの共同により、インドネシアの事例を中心とする「災害と社会 地域情報マッピングシステム」の開発を進めた。
②京大東南地域研の「災害対応の地域研究」プロジェクトとの共同により、災いへの社会的対応をテーマに国際セミナー(〔3〕)を実施し、東南アジア7か国ならびに日本の事例を横断的に検討する枠組みを探るとともに国際的な研究ネットワークの拡大をはかった。
③国内研究会を東南アジア学会との共催などにより4回実施し、東南アジア、南アジア、日本の事例について、地域研究、人道支援、情報学、防災等の多分野の研究者間での情報共有と学際的ネットワークづくりを進めた(〔4〕〔5〕)。
④東北放送の災害復興特集番組制作に協力する過程を通じて、災害復興における大学=メディア間連携について検討し、これに関連するセミナーを開催した(〔2〕)。
⑤本プロジェクトが発端となって制作・公開された日本=インドネシア合作劇映画「海を駆ける」を題材に災いへの社会的対応に関する一般公開セミナーを実施した(〔1〕)。
⑥個別ユニット「災いへの対応としての非正規滞在者」ならびに個別ユニット「東南アジアの国民国家の形成過程における民族・宗教の対立」の研究打ち合わせに参加し、複合ユニットのテーマに即した研究課題の絞り込みや成果発信を支援した。

研究成果の概要

[ 平成28年度 ]
① オンライン記事情報を自動収集・自動分類する個人向けメールアラート・システム「BeritaKU」(インドネシア(3紙)、マレーシア(4紙)、フィリピン(2紙)、ベトナム(2紙))に対し、〔1〕自動収集したオンライン記事の自動翻訳機能、〔2〕研究者が作成した辞書リストにもとづき自動翻訳機能を補正する機能を追加した。
② 上記の②について、日本、インドネシア、マレーシア、東ティモール、ペルー、ドイツ、ベラルーシの事例を紹介する書籍を商業出版した(出版〔2〕~〔10〕)。
③ 上記③について、東南アジア地域研究の入門書に「災害対応の地域研究」の章を執筆した(出版〔1〕)。また、東南アジア研究において戦争・独立・革命・政変などを災害対応の観点から再検討することの意義について口頭発表を行った(口頭発表〔1〕)。これらはいずれも人文社会系による災害対応研究が東南アジア研究の一領域として確立しつつあることを示している。
④ インドネシア、フィリピン、マレーシアとの国際セミナーならびにフィールド研修を通じて、(1) 複数地域間で紛争・災害からの復興の経験を共有するための枠組みとして、「災間期」(大規模災害が発生して一定期間が経過して災害に対する社会の関心が低下する時期)という考え方を得た(口頭発表〔2〕〔3〕)。2) 大学・学界が地震災害の防災に貢献するうえでは、人文社会系の学知と防災・減災研究の接合、文理融合型の研究体制が必須であることが確認された。

[ 平成29年度 ]
① オンライン記事情報を自動収集・自動分類する個人向けメールアラート・システム「BeritaKU」(インドネシア(3紙)、マレーシア(4紙)、フィリピン(2紙)、ベトナム(2紙))に対し、研究者が作成した辞書リストにもとづき自動翻訳機能を補正する機能を向上させた。また、同システムの利便性が評価され、京都大学東南アジア地域研究研究所内の別プロジェクト(泥炭地・アブラヤシ関連)からBeritaKUを活用したい旨、要請があり、同システムを利用してインドネシア・リアウ州の地方紙の自動収集が始められている。
② 上記②を踏まえて、放送大学教材『東南アジアの歴史』の現代史部分に相当する6章を文太執筆した。また、1998年政変後のインドネシアで社会的災厄の語り直しが主として映像メディアで行われていることに注目した論考をまとめた。(出版〔1〕~〔8〕)
③ 上記③を通じて、人文社会系による災害対応研究の重要性が参加者に認識されるとともに、文化・社会の成り立ちが異なる国が相互に災害対応の経験を参照するうえでは、個々の国・地域の文化・社会の成り立ちに関する基礎的な教養を共有する仕組みが必須であることを確認した。
④ インドネシア、フィリピン、マレーシアとの国際セミナーならびにフィールド研修を通じて、(1)複数地域間で紛争・災害からの復興の経験を共有するための枠組みとして、それぞれの社会が災いをどのように受容し克服すると捉えているかにかかわる「物語」に注目する方法の有効性が指摘された。(2) これを踏まえて、インドネシアで日本の災害観の変遷を紹介する公開セミナーを実施した。(公開セミナー〔1〕〔2〕、口頭発表〔1〕)

[ 平成30年度 ]
①オンライン記事情報を自動収集・自動分類する個人向けメールアラート・システム「BeritaKU」(インドネシア(3紙)、マレーシア(4紙)、フィリピン(2紙))に対し、地域研究者が作成した辞書リストを追加した。
②前項②を通じて、災害対応にかかわる国際的ネットワーク形成を進めるとともに、東南アジア諸国で災害対応の議論を共有するうえで水災害が有効なトピックであること、水災害のもととなる河川が国際河川である大陸部東南アジアでは国単位の災害対応には限界があることを東南アジアの研究者のあいだで確認した。
③前項③を通じて、災害対応にかかわる学際的ネットワーク形成を進めた。また、その成果の一つとして、日本災害復興学会による連続ワークショップ「復興とは何か」にインドネシアの事例を報告し、防災研究コミュニティに対する地域研究分野からの貢献を示した。
④前項④について、日本の被災地とインドネシアの被災地の復興経験を共有するうえで家族形態、ライフサイクル、被災国内における被災地の位置づけ等の相違点を十分考慮することが必要であること、また、復興過程の相違を比較することを通じて個々の社会の特徴も同時に明らかになるとの知見が得られた(〔2〕)。

公表実績

[ 平成28年度 ]
【出版】
〔1〕 山本博之「災害対応の地域研究」井上真編著『東南アジア地域研究入門1 環境』、2017年2月、慶應義塾大学出版会、pp.313-331。
〔2〕 寺田匡宏編著『災厄からの立ち直り―高校生のための〈世界〉に耳を澄ませる方法』あいり出版、2016年9月。
※以下は前掲書所収
〔3〕 西芳実「弔いの中に生きる―2004年スマトラ島沖地震・津波被災地から」pp.16-51。
〔4〕 亀山恵理子「コーヒーがつくるつながり―東ティモールの紛争と社会の再生」pp.52-83。
〔5〕 村上勇介「パチャママの涙―ペルー・テロの記憶と人々の和解」pp.84-111。
〔6〕 山本博之「世界をめざすマレーシア―異質な他者と隣り合わせに暮らす」pp.112-145。
〔7〕 川喜田敦子「加害を想起し、被害を追悼する―ドイツにおけるナチの過去の記憶」pp.146-175。
〔8〕 越野剛「災厄によって災厄を思い出す―ベラルーシにおける戦災と原発事故の記憶」pp.176-211。
〔9〕 寺田匡宏「風景とともに立ち直る―災厄の後の場を歩く」pp.212-246。
〔10〕 清水チナツ「いまだやまぬ〈揺れ〉のなかで―東日本大震災とせんだいメディアテーク」pp.247-284。
【システム開発】
・BeritaKU(東南アジア現地語オンライン記事自動収集・分類・簡易翻訳・アラートシステム)
【公開セミナー】
・International Workshop “Toward Building Regional Platform for Disaster Risk Reduction in Asia”(2016年7月21-23日、京都大学稲盛財団記念館)
・International Conference-Workshop on Toward Building a Regional Platform for Disaster
Risk Reduction in Asia(2016年11月21-23日、アテネオデマニラ大学)
【口頭発表】
〔1〕 西芳実「「災害対応の地域研究」から考える東南アジア」、東南アジア学会50周年記念シンポジウム「「ものがたり」、そして「ともがたり」へ:変わりゆく東南アジアと東南アジア研究」、2016年12月4日、慶應義塾大学。
〔2〕 YAMAMOTO Hiroyuki, “The Social Context of Evacuation during Emergency Response: Case Study of the 2007 Sumatran Earthquake”, The Relevance of Area Studies for the Sciences and Public Policy, The University of Tokyo, November 14, 2016.
〔3〕 YAMAMOTO Hiroyuki, “Towards Building Regional Platform for Disaster Risk Reduction in Asia: Aceh in Inter-disaster period”. 10th Aceh International Workshop and Expo on Sustainable Development, Syiah Kuala University, November 22, 2016.

[ 平成29年度 ]
【出版】
〔1〕 古田元夫編著『東南アジアの歴史』放送大学教育振興会、2018年1月。
〔2〕 西芳実「離散・父権・魔物―インドネシア映画に見る災いの語り直し」『混成アジア映画2017』、京都大学東南アジア地域研究研究所CIRASセンター、2018年3月予定。
〔3〕 山本博之「7章 近代ナショナリズムの形成」(〔1〕所収)
〔4〕 山本博之「8章 独立の夢と現実」(〔1〕所収)
〔5〕 山本博之「11章 東南アジアの地域統合の模索」(〔1〕所収)
〔6〕 西芳実「12章 開発主義―国ごとに豊かさを求める時代」(〔1〕所収)
〔7〕 西芳実「13章 冷戦体制の崩壊とASEAN10の実現」(〔1〕所収)
〔8〕 西芳実「14章 経済発展と政治」(〔1〕所収)
【システム開発】
・BeritaKU(東南アジア現地語オンライン記事自動収集・分類・簡易翻訳・アラートシステム)
【公開セミナー企画・実施】
〔1〕 International Workshop “Toward Building Regional Platform for Disaster Risk Reduction in Asia”(2017年5月2-3日、マレーシア・イスラム理解研究所)
〔2〕 International Conference-Workshop on Toward Building a Regional Platform for Disaster Risk Reduction in Asia(2017年8月4-5日、京都大学稲盛財団記念館)
〔3〕 「日本と東南アジアに共通の課題を考える高大連携国際ワークショップ」(2017年8月5日、京都大学稲盛財団記念館)
【口頭発表】
・NISHI Yoshimi. “Tanggapan Masyarakat Jepang terhadap Bencana Alam.” (Special Seminar for Graduate School on Disaster Management, Syiah Kuala University). January 18, 2018. Syiah Kuala University.
※公開セミナー〔1〕〔2〕内での口頭発表については省略

[ 平成30年度 ]
【出版】
〔1〕山本博之編『正義と忠誠―混成アジア映画研究2018』(CIRAS Discussion Paper Series、2019年3月刊行予定)
〔2〕西芳実編『体験としての被災と復興―災害対応の地域研究2018』(CIRAS Discussion Paper Series、2019年3月刊行予定)
〔3〕西芳実「映画から見るインドネシア:災害とともに生きる」(『月間インドネシア』2019年3月刊行予定)
【システム開発】
・BeritaKU(東南アジア現地語オンライン記事自動収集・分類・簡易翻訳・アラートシステム)
【公開セミナー企画・実施】
〔1〕シンポジウム「喪失の中の祈りと覚悟 映画が映す東南アジアの内戦・テロと震災・津波」(2018年5月18日、国際交流基金さくらホール)
〔2〕International Workshop “Peranan Perguruan Tinggi di Daerah Pasca-bencana: Pembelajaran dari Tohoku, Jepang”(2018年12月27日、シアクアラ大学大学院防災学研究科)
〔3〕International Workshop on “Human Response to Disaster in Southeast Asia”(2019年1月14-15日、京都大学稲盛財団記念館)
〔4〕インドネシア・スラウェシ地震災害緊急報告(2018年11月10日、東南アジア学会関西地区例会)
〔5〕「災害対応の地域研究」研究会
・東日本大震災被災地における報道と大学(2018年11月13日)
・ネパール地震における記憶と弔い(2018年12月19日)
・スマトラ沖地震・津波被災地から考える復興(2019年2月8日)
【口頭発表】
〔1〕NISHI Yoshimi. “Bridging Gaps between Local Experience and Global Science in Disaster Management: Toward Building a Regional Platform for Distance Risk Management in Asia.” ERIA Special Lecture on Disaster Management. (2018年4月18日、ジャカルタ、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA))
〔2〕西芳実「復興とは何かを考える―2004 年インド洋大津波被災地の経験から」日本災害復興学会連続ワークショップ「復興とは何かを考える」(2018年9月29日、明治大学)
※前項の公開セミナー〔1〕~〔4〕内での口頭発表については省略
【テレビ出演】
・「TBCアチェ報告①異なる復興の歩み」(2019年1月28日、東北放送)
・「TBCアチェ報告②伝承の取り組み」(2019年1月29日、東北放送)

研究成果公表計画, 今後の展開等

[ 平成28年度 ]
現代世界にあらわれる多様な災いに社会が対応する際のレジリエンスを高めることを念頭に置きながら、特に国別に制度化された災害対応では十分に対応できないリスクへの対応について検討するという本複合ユニットの趣旨に即した形で引き続き個別ユニットと連携しながら共同研究を進める。

[ 平成29年度 ]
現代世界にあらわれる多様な災いに社会が対応する際のレジリエンスを高めることを念頭に置きながら、特に国別に制度化された災害対応では十分に対応できないリスクへの対応について検討するという本複合ユニットの趣旨に即した形で引き続き個別ユニットと連携しながら共同研究を進める

[ 平成30年度 ]
平成29年度に実施した国際ワークショップの成果をまとめた英文論集を刊行する。また、本複合ユニットの共同研究を通じて、いくつかの研究課題が形成された学際的かつ国際的な研究ネットワークを基盤としながら、個別のトピック(災害復興の国際比較、東南アジアの水災害対応等)に焦点を絞った共同研究に展開する。

 

あわせて読みたい