アジアにおける薬用植物資源の広域市場流通と地域社会の資源利用の歴史的相関に関する研究

代表

岡田 雅志(防衛大学校人文社会科学群人間文化学科・准教授)

共同研究員

岡田 雅志(防衛大学校人文社会科学群人間文化学科・准教授)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、辻 大和(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院・准教授)、石橋 弘之(総合地球環境学研究所・研究員)、小田 なら(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・研究員)、高志 緑(京都大学人文科学研究所・日本学術振興会特別研究員(PD))杉野 好美(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・博士課程)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

 本研究は、アジアの薬用植物資源がいかに生産・流通・利用されてきたかを歴史的に明らかにしようとするものである。昨年度、申請者は本拠点事業の助成を受け、ベトナムのシナモン、朝鮮の薬用人参、カンボジアのカルダモンについて各地域及び歴史学・人類学(伝統医学)、生態学の学際的専門家による議論を重ね、近世・近代の薬用資源の需要拡大が資源利用に大きな変化をもたらしたことが明らかにした。同時に各薬用植物の性質や地域社会構造、時代背景(特に西欧の薬学・植物学知識の流入)によっても市場動向と資源利用の関係に差異が見られることもわかった。その成果に基づき、本研究においては、次の4点①近世~流通状況②薬用資源情報に関する各地域の認識③生産地域の民俗知④近代的医療・植物学知の影響、についてデータの収集と分析を進め、近世以降のアジアの広域市場の変容と、各地域の薬用植物資源の価値形成・資源利用様式の変化との間の相関を具体的に解明することを目指す。

研究実績状況

のべ4回の研究会を(Zoomを利用したオンライン形式で)開催し、各時代における薬用植物資源の流通・生産に関する地域社会と広域市場との関係や、地域社会の薬用資源の利用文化に関して比較史的視点から議論を深めた。各回の研究報告の内容は以下の通りである。岡田雅志(防衛大学校)「近世~近代のシナモン栽培・流通における高知地方の位置づけに関する予備的考察」、杉野好美(京都大学大学院・アジア・アフリカ地域研究研究科)「インドネシアの現代社会における伝統薬ジャムウの役割―中部ジャワ州村落における行商婦人の事例―」(以上、第1回、2020年10月22日)、柳澤雅之「享保・元文諸国産物にみる当帰・萱草・とうがらしの分布」(以上、第2回、2020年12月1日)、遠藤正之「17世紀のカンボジアにおける交易産品と交易勢力」(以上、第3回、2021年1月19日)、岡田雅志「近世ベトナムにおける本草・博物学の展開-近世日本との比較の視点 から」、小田なら「仏領期・南北分断期ベトナムの薬用植物図鑑にみるシナモン」辻大和「江戸時代の諸国産物帳にみる薬用人蔘(オタネニンジン)の分布」、柳澤雅之「江戸時代の諸国産物帳にみる生薬の分布の変遷-当帰・萱草の事例」(以上、第4回、2021年2月26日予定)。
その他、当初予定していた鹿児島県での現地調査・史料収集が新型コロナの感染状況により実現できなかったが、中国本草関係の史料データベースを購入し、中国と周辺地域の薬用植物資源知識集積態様の比較分析を行った。

研究成果の概要

 上記4回の研究会での報告及び議論によって以下のことが明らかになった。まず、薬用資源の広域流通について、近世の薬用資源流通において、ベトナムのシナモンの例で見られた17世紀以前と18世紀以降の間の大きな差異(18世紀以降、東アジア生薬市場に向けての安定的な供給ルートが確立)がカンボジアなど東南アジアの広範囲において確認されることが明らかになった。さらに、島嶼部やシャム湾沿岸などマレー人の交易ネットワークとのつながりが強い地域の薬用資源流通については、環インド洋世界香薬貿易の動向もあわせて検討する必要があることがわかった。また、広域市場流通の動向が、各地域の資源利用の文化に与えた影響については、江戸時代における外来薬用植物資源の国産化の動向を在来薬用植物資源の栽培状況との比較から把握するために、地域情報マッピングの利用手法の構築を進めたほか、18世紀の中国市場の拡大に伴う資源の稀少化が、在来の医薬知識の体系化を促進したのと同時に各地域における資源情報への関心を増加させ、博物学知識の集積につながったことが日本・ベトナム・朝鮮に共通の現象として見られ、とりわけ日本においては写実的な植物図鑑が作成されるなど独自の発展を遂げたことが明らかになった。これら近世における民俗知の形成が、近代以降どのように継承されたのか、また現在の資源利用のあり方とどのような関係を持つのかについては議論の途上である。

公表実績

(国際会議報告)
OKADA Masashi, “Effort and its Effect for Import-substitution of Cinnamon in Early Modern Japan: Implication for Sustainable Resource Management from East Asian and Global Context,” ASEAN-JAPAN Workshop, Sep.26, 2020, Online(Zoom).
(出版)
岡田雅志・柳澤雅之(編)『CIRAS Discussion Paper No.104 アジアの薬用植物資源の生産・流通・利用の歴史に関する学際的研究(II)―ベトナム・日本の薬用植物資源流通と情報―』京都大学東南アジア地域研究研究所、2021年3月。

研究成果公表計画, 今後の展開等

今年度の共同研究成果の内、日本とベトナムの事例を比較した成果をCIRAS Discussion Paper Series中の1冊として刊行したほか、朝鮮の事例について、ユニットメンバーによる別稿が準備されている。今後は、美術史分野の研究者との議論により図像化された地域資源知の調査を進めるほか、国内外のフィールドワークの実施や、国内で薬用植物資源保存にあたっている地方の人士(研究者・医師・薬剤師など)との議論を重ね、歴史的変遷を経た地域資源知がどのように現在に継承されているのかを明らかにしてゆく予定である。その後、研究全体の成果として、東南アジア学会、アジア世界史学会など国内外の学会においてパネル報告を行うほか、国内外の学術雑誌(『地域研究』、『東南アジア研究』、『アジア・アフリカ地域研究』、Journal of Social History of Medicineなどを想定)に特集号の形で論文を投稿することにより研究成果を国内外に広くアピールすること目指したい。

 

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