東南アジアにおける内戦の語り直し:映画を活用した試みに着目して

代表

篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・教授)

共同研究員

篠崎 香織(北九州市立大学外国語学部・教授)、亀山 恵理子(奈良県立大学地域創造学部・准教授)、及川 茜(神田外語大学アジア言語学科・講師)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、西 芳実(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

  本研究は映画を資料とし、東南アジアにおいて内戦が社会にどのような亀裂をもたらし、その修復がどのように試みられているのかを分析するとともに、亀裂の発生とその修復がどのような言語・非言語情報を通じて描かれるのかを分析する。マレーシアとシンガポールでは独立の時期や独立後の国家構想を巡り、マラヤ共産党と植民地政府・独立後の政府との間に内戦が生じた。インドネシアではスハルト体制への移行期に、国軍・イスラム教諸勢力とインドネシア共産党との間に内戦が生じた。東ティモールでは独立後の主権を巡る対立がインドネシアとの統合に至り、インドネシアに留まるか否かを巡り内戦が生じた。この過程でそれぞれの国家で、暴力の行使者とその被害者という関係性が生まれたり、家族が離散したりするような亀裂がもたらされた。こうした亀裂に言及しながら現代史を語り直す映画が2000年代以降制作されるようになっている。本研究はこうした映画を資料とし、社会的な亀裂の修復と社会再生の試みを分析する。

研究実績状況

マレーシア、シンガポール、インドネシア、東ティモールを対象に、独立・体制移行と社会の亀裂が東南アジアの国々で作られている映画にどのように表象されているかを研究した。採択以降、メールを通じて本プロジェクトの目的を共有し、今年度の計画を共有し、それぞれに研究を進めた。2020年10月2日と1月8日にオンラインで研究会を実施した。第1回研究会では、研究の進捗状況を報告し合い、知見を共有したうえで、ディスカッションペーパーのテーマを設定した。第2回研究会では、ディスカッションペーパーに掲載予定の論考を互いに読み、意見交換を行い、論考の分析の精緻化を図った。2021年3月にディスカッションペーパーを刊行する予定である(公表実績.を参照)。

研究成果の概要

独立や体制移行は、古い秩序から新たな秩序への転換を伴い、社会における個々人の地位や位置づけに変更が生じ、新たな秩序から排除されたり周縁化されたりする人たちもいる。このことを踏まえて、独立や体制移行を題材とする映画を分析し、家や共同体、社会からの排除や追放というモチーフがしばしば描かれるとの考察を得た。また社会から排除されたり追放されたりした人たちが霊や化け物に成り代わるという設定が、東南アジアの伝統的な伝承に基づくホラー物語によくみられることを確認した。国民規模で影響を受けた大きな政治事件とそれによって社会に生じた亀裂を映画を資料として研究するうえで、ホラー映画も重要な資料となりうるとの見通しを得た。
現実社会では、亀裂をあいまいにして対立関係を凍結し、被害者と加害者が隣り合って平穏に暮らしてきた場合も多い。亀裂を語ることは、亀裂を顕在化させたり、増大させたり、あるいは新たな亀裂を生じさせたりする可能性をもち、亀裂を語るには様々な工夫が必要となる。その1つの工夫として、映画を通じて語るという方法がとられているとの視点を得た。映画はフィクションという形式をとり、現実社会でまだ広く受け入れられていないアイデアや考えを構想する余地を確保したり、セリフ・字幕・映像・音それぞれに異なるメッセージを込めることが可能であるため、解釈の幅をもたせて直接的に語らずして語ったりすることが可能であるとの考察を得た。

公表実績

(1)論文
・西芳実、2021「ポスト・スハルト体制期のインドネシア映画における家族主義」『インターカルチュラル』第19号、pp.119-133。
(2)ディスカッションペーパー
山本博之編著『越境する災い――混成アジア映画研究2020』CIRAS Discussion Paper No.100、2021年
【所収論文】
・篠崎香織「歴史ドラマ『私たちの物語』映画シリーズが試みるシンガポール国民史の再編」pp.55-59。
・山本博之「シンガポールのホラー映画に映される社会の危機意識と不安感――『23:59』、『ゾンビプーラ』、『ポンティアナックの復讐』から」pp.42-54。
・西芳実「インドネシアのホラー映画に見る恐怖の起源――『ポチョン』と『スンデルボロンの伝説』から」pp.30-41。
・山本博之「正義が忠誠を倒すとき――マレーシアの恋愛映画『ジュバ』が試みる古典文学の再解釈」pp.60-66。
(3)公開シンポジウム
「大阪だョ!全員集合:日本の自助・共助・公助とアジア」(大阪アジアン映画祭との共催、オンライン開催2021年3月12日)

研究成果公表計画, 今後の展開等

ディスカッションペーパーなどのかたちで公表してきた成果をとりまとめ、商業出版を目指す。2022年度に原稿の提出と査読を踏まえた原稿の修正を行い、科研費の研究成果公開促進費に応募し、2023年度内の刊行を目指す。研究成果公開促進費に採択されなかった場合は、他の出版助成に応募し、同様に2023年度内の刊行を目指す。

 

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