東南アジア大陸部の厄災の文化誌―川をめぐる伝承・文芸を中心に

代表

橋本 彩(学習院女子大学国際文化交流学部・准教授)

共同研究員

橋本 彩(学習院女子大学国際文化交流学部・准教授)、岡田 知子(東京外国語大学大学院総合国際学研究院・准教授)、平松 秀樹(京都大学東南アジア地域研究研究所・連携准教授)、山本 博之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、Phollurxa, Khamphuy(ラオス国立大学文学部・准教授)、Van, Sovathana(王立プノンペン大学人文社会学部・教授)、Boonkhachorn, Trisilpa(チュラーロンコーン大学文学部・准教授)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

 社会が課題を抱えているとき、原因の所在が明らかでも、現実世界の国際関係や政治経済上の事情から対処が期待できないこともある。このような状況で、人々は比喩や虚構を通じて間接的に災いについて表現し、その災いおよびそれへの対応を社会で共有してきた。伝承、文芸は、直接語ることができない災いを別の形で語るメディアである。
川は、とりわけ東南アジアにおいて、生活や生産に欠かせない水を提供し、交通や輸送の手段となり、人々の生活に極めて重要である一方で、洪水・氾濫などの災いももたらす。川に起因する災いには、規模が大きく地元社会の手に負えないと見られるものもある。
 本研究では川およびそれに類することがらの表象の事例を収集し、それらの表象がどのような時代背景や社会背景のもとで生み出され、どのような含意を持つかを検討することを通じて、東南アジアの人々が社会の課題をどのように捉え、それが時代ごとにどのように変遷してきたかを明らかにする。

研究実績状況

本研究課題に関連するユニットメンバーの論稿をまとめ、2020年度内に出版を目指していた英語論集『TWELVE SISTERS』の最終的な調整を4月、5月のオンライン会議で議論をしつつ進め、9月に論集(印刷媒体・電子媒体)を刊行した。
 英語論集の刊行と並行しつつ、メコン川周辺3国(カンボジア、タイ、ラオス)における川に関する文芸作品の検討を開始し、文芸作品に描かれる3カ国共通の動物に焦点を絞って研究を進めた。現在、その中でもワニの表象に注目し、ワニの物語が災厄の語りにどのように関連しているのか検討中である。
 また、近年のメコン川の変化に危機感を持った東南アジア大陸部5カ国の監督によって、2030年のメコン川を想定した短編映画5本からなるオムニバス映画『メコン2030』(2019)が日本国内でも上映されたため、その映画作品を鑑賞し、映画全体のコンセプトやメコン川に対する各国の問題の捉え方などについて、映画の細部を読み解きながら、詳細な検討をメンバー間で継続的におこなった。3国を担当する各日本人ユニットメンバーは、映画の詳細な検討を論稿にまとめ、本年度のCIRASディスカッションペーパーに投稿した。

研究成果の概要

本ユニットでは、現在、中国の影響力が増し、水をめぐる国際的な環境保全と災害対応という今日的課題を抱えるメコン川流域国が、その問題を日常生活レベルでどのように表象しようとしているのかについて、2030年のメコン川を想定したオムニバス映画『メコン2030』を題材に詳細を検討した。作品分析を通して見えてきたことは、これまでの多くの地域協力が政治上の安全保障や経済協力を主たる目的としてきたのに対し、メコン川流域諸国が1つの川そしてその流域の生態を共有しているという意識に根差して地域同士が協力しあう「生態地域主義」の試みである。従来の地域主義では軍事力や経済力などの国力によって構成諸国間の関係が決まってきたが、ここでは、川の上流と下流というような、軍事力や経済力とは異なる要素を考慮に入れた地域協力の可能性がみてとれた。メコン川流域諸国が1つの川の流域、生態を共有する地域であることを再認識し、国境で区切られた国ごとの研究枠を越え、流域国が共有する文化・生態の側面から今日的な問題を解決する緒を探る地域研究の可能性が示されたといえる。
また、本ユニットでは文化・生態の両側面から今後も研究を展開すべく、映像分析の他、東南アジア大陸部の川およびそれに類することがらの表象事例として、厄災をもたらす存在として文芸作品に描かれることの多いワニに注目し、民話、古典文学、映像作品などを収集した。ワニは水辺に棲み、人間に危害を加える対象ではあるが、時として水の神、蛇(ナーガ)と同じように畏敬・崇拝の対象として描かれる。このことから、民話『12人姉妹』で各ユニットメンバーが論稿を展開したように、ワニにまつわる代表的な物語『クライトーン(タイ語)』(ラオ語:カイトーン、クメール語:クライタオン)を今後は掘り下げることで、本研究の目的を更に展開できる可能性を見出した。

公表実績

YAMAMOTO Hiroyuki ed., TWELVE SISTERS:A Shared Heritage in Cambodia, Laos, and Thailand, Thailand P.E.N. Center.(2020年9月出版 / 印刷媒体・電子媒体)
1. Cultural Identity and Creative Tourism: The Folktale Nang Sip Song (Twelve Sisters) in the Global Contexts /Trisilpa BOONKHACHORN
2. Shapes of Love in Lao Tradition: The Legend of the Twelve Sisters in Laos /Khamphuy PHOLLURXA
3. Being a Good Son is the Greatest Virtue: The Twelve Sisters in the Cambodian National Language Textbook /VAN Sovathana
4. Male Mountain, Female Mountain: Local Topography and Oral Tradition in Laos /HASHIMOTO Sayaka
5. Princess Kongrey’s Last Wish: Cambodian Utopia in Ly Bun Yim’s Puthisen Neang Kongrey /OKADA Tomoko
6. Comical Thevada and Feminine Ogre: Innovative Characters Reflecting Modern Thai /HIRAMATSU Hideki

研究成果公表計画, 今後の展開等

映画『メコン2030』に関する研究ユニットメンバーの以下の論稿が本年度のCIRASディスカッションペーパーに掲載され、公開される予定(2021年3月刊行)である。
1.岡田知子「クメールの魂を取り戻す道行き」(SOUL RIVER ソト・クリカー監督)
2.橋本彩「父の不在、母なるメコン、そして兄弟姉たち」(The Che Brother アニサイ・ケオラ監督)
3.平松秀樹「境界を越えて」(The Line アノーチャ・スウィチャーゴーンポン監督)
 ワニの物語『クライトーン』に関しては、今後もユニットメンバー間で研究を重ね、12人姉妹同様、研究ユニットメンバーの各論考をまとめ、英語論集として出版を計画している。

 

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