長期村落調査データを利用したベトナム農村研究手法の構築

代表

藤倉 哲郎(愛知県立大学外国語国際関係学科・准教授)

共同研究員

藤倉 哲郎(愛知県立大学外国語国際関係学科・准教授)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所 ・准教授)、小川 有子(東京理科大学理工学部・非常勤講師)、澁谷 由紀(東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門・特任研究員)、古橋 牧子(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・日本学術振興会特別研究員)

期間

2020年4月~2021年3月(1年間)

目的

 ベトナム紅河デルタにおける長期村落調査データベースの拡充と、現在進行中の農村調査研究へのフィードバックをおこない、中長期のデータ蓄積にもとづいた農村研究手法の構築をはかる。
2019年度の共同研究では、ベトナム紅河デルタに位置するナムディン省の一村落(バッコック村)において1993年以来実施されている村落調査の記録を用いて、基礎的なデータベースを構築した注1。本年度では、この基礎データベースに、他の調査記録(ディスクリプションや家屋写真などの画像情報)を紐づけることにより、データベースを拡張し、当該村落調査記録のより一層の体系化をはかる。同時に、このデータベースの共有や公開のあり方を議論しつつ、広く社会に公開可能なオープンなデータ部分と、調査チーム内の共有にとどめるクローズドなデータ部分とを、適宜効率的に出力する技術的な課題の解決をもはかる。
さらに、データベースの拡充に加えて、共同研究者それぞれの分野を生かして、人口変動、家族関係、農村景観、土地利用、生業構造、就労構造の変化などの分析を行うとともに、今後の調査研究(とくに2020年中に実施予定の一集落における悉皆調査)において焦点となる調査項目を再検討する。

注1:1995年から2016年まで5年おきに5次にわたってバッコック村の一集落で実施されている悉皆調査のデータについて、調査年をまたいだ個人(1004人)および世帯(211世帯)を同定したパネルデータ化を完了した。

研究実績状況

紅河デルタのバッコック村の村落調査データのうち、前年度に構築した集落悉皆調査データベースから、①経年比較できる世帯の復元、②家族・親族関係の描画、③調査票の電子化を試み、他のデータから、④定点写真を用いた二時点間の景観比較、⑤記述データのアーカイブ化とベトナム語への翻訳を実施した。
①について、前年度に完了した調査年次をまたいだ個人の同定作業(個人ID付け)を前提に、おなじく世帯(又は家族)注2の同定作業を完了させた。②について、データ量と利用目的に合わせた柔軟なカスタマイズが可能な描画ソフトとしてDot言語を用いたネットワーク構造描画ソフトであるGraphvizを選定し、描画方針とデータベースからの読み替え方法を検討した。③については、2020年中に実施予定であった第6次村落調査の準備として、データベースから出力できる世帯別の電子調査票の基本設計を実施した。
④について、村内29地点で1997年と2006/07年に撮影した360度写真を、一続きの写真につなぎ合わせる作業を実施し、これに基づいた二時点間の景観比較をする検討会を計5回(10/2、12/18、1/27、1/28、1/29)開催した。⑤については、記録集『百穀社通信』第19号、第20号の編集のほか、村落史に関する記述データの翻訳を実施した。

注2:各年の調査の対象としていた「世帯」(農村での経済単位として基本的に同居者だけを世帯員としている)をベースとしつつ、世帯主夫婦の二親等親族全員(同居の有無にかかわらず)の情報を加えた「家族」を再現した。したがって、ここで再現された単位には、経済単位として「世帯」と、世帯主夫婦と二親等関係にある親族で構成される「家族」の範囲が混在している。必要に応じて「世帯」と「家族」を別個に出力できる設計が課題。

研究成果の概要

①個人情報のデータベースをもとに、世帯を経年比較するための同定作業が完了したことで、集落悉皆調査データを、世帯情報のデータベースへと拡張することができるようになった。
②家族関係の基本的な描画方針が決定し、①のデータベースからの読み替えシステムを構築し、基本的な描画が出力できる状態まで達した。
③電子調査票の基本設計は完了したが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて、調査が無期延期となったため、電子調査票の運用上の課題を実地検証するまでにいたらなかった。ただし、電子調査票は、世帯の各世帯情報を一覧できる仕組みでもあり、データ参照の利便性を増すことができた。
以上のデータベースや参照の仕組みの構築は、他方で、調査者に提供することを意図していなかったおもわれる調査対象者のプライバシーにかかわる情報も、状況証拠的に把握できることも意味し、データベースへのアクセス権の厳重な管理の必要性があらためて認識された。
④一連加工した360度写真を用いた二地点間の景観比較検討会によって、これまでなかった調査視点(村内インフラや公共空間利用の変化など)が明らかになるとともに、村の景観変化に対する村民の視点の必要性が認識され、将来の調査村住民参加型の調査を展望し、これらの写真資料を日越併記のワークブックとして編集発行をすることとした。
⑤『百穀社通信』第19号は現行の最終調整まで達した。

公表実績

澁谷由紀「フィールドワーク資料と大学図書館」第22回図書館総合展_ONLINE(ポスター発表)2020年11月1日 – 2020年11月30日。
澁谷由紀「桜井由躬雄文庫」2020年9月30日掲載。東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門U-PARLウェブサイト2020年9月30日掲載<http://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/archives/japanese/sakuraiyumiobunko>。
藤倉哲郎「【資料紹介】ベトナム統計年鑑 桜井由躬雄文庫より」東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門U-PARLウェブサイト2020年9月30日掲載<http://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/archives/japanese/sakuraiyumiobunko>。
柳澤雅之・阿部健一・竹内潔(編)2021『No life, no forest』京都大学学術出版会。
澁谷由紀・小川有子・藤倉哲郎・柳澤雅之 2021『百穀社通信』第19号。
藤倉哲郎・富塚あや子・小川有子 2021『バッコック景観変化(ワークブック)』

研究成果公表計画, 今後の展開等

1995年以来5次にわたる集落悉皆調査のデータベース化が、個人ベースのみならず、世帯ベースでも拡張されたことにより、平均値や平均的状況をもとにしかできなかったこれまでの経年比較の限界を克服し、パネルデータにもとづいた動態分析やネットワーク分析など、より実証性の高い分析をする展望が開けた。また、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって現地調査が困難な状況に本共同研究グループも直面したが、他方で、これまで蓄積されてきた調査データのデータベース化により、過去のデータを任意のテーマで取り出すことの利便性は高まり、現地入りができる現地研究者や現地住民との共同での村落調査の継続の可能性も展望された。そうした調査が単なる代理調査におちいらないようにするための創造的なアイディアや仕組みの構築、プライバシーへの適切な配慮などに十分配慮しつつ、長期村落調査の今後の継続を展望している。

 

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