中央ユーラシアのムスリム地域社会における家族と規範:中東との比較分析

代表

磯貝 真澄(東北大学東北アジア研究センター・助教)
 

共同研究員

磯貝 真澄(東北大学東北アジア研究センター・助教)、帯谷 知可(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、宗野 ふもと(筑波大学人文社会系・研究員)、竹村 和朗(高千穂大学人間科学部・准教授)、和崎 聖日(中部大学人文学部・講師)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

中央ユーラシアの定住地域、すなわちロシアのヴォルガ・ウラル地域(ヴォルガ中下流域、ウラル南麓)と、中央アジアのオアシス地域(ウズベキスタン)の人びとはいずれも、イスラームの規範を尊重する共同体生活を営み、ロシアによって統治され、さらに宗教に否定的なソ連体制のもと生きるという歴史的経験を持つ。本研究の目的は、これらのムスリム地域社会における、19世紀末から現代までの家族をめぐる法規範と道徳的規範意識を総合的に解明し、その全体像を示すことである。その際、中東(特にエジプト)の事例と比較することで、ロシア・ソ連の影響を浮き彫りにし、これらの地域社会の特徴を明らかにする。
19世紀末からソ連初期については、イスラーム家族法の運用実態と、イスラームに由来する家族道徳意識を解明する。ソ連期については、ソ連的規範意識を背景に既婚女性の賃労働が一般化した1960~80年代に焦点を絞り、家族をめぐる規範意識を解明する。そして、1991年前後のソ連解体期以降、イスラーム信仰が肯定される状況で、家族やジェンダーをめぐる規範意識にみられる変化のディテールを明らかにする。

研究実績状況

[2019年度]
共同研究の基本手法は、研究報告会(「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会)を2回開催し、そこでの議論で明確となる論点をもとに、メンバー各自が研究を進め、個別および共同研究として成果をまとめるものである。
第1回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会は、10月26日(土)に京都大学稲盛財団記念館で開催した。19世紀末のヴォルガ・ウラル地域におけるムスリム司法・行政とイスラームの法的・道徳的規範について磯貝が、ソ連期の中央アジアの工場における女性労働者に焦点を絞って宗野が研究報告をし、それを受けて竹村が中東(エジプト)との比較と討論を行なった。
第2回研究会は2月15日(土)に稲盛財団記念館で実施した。帯谷は19世紀末~20世紀初頭のロシアにおいてロシア語で発表された、「イスラームにおける根源的男女平等論」と呼びうる議論を詳細に報告した。そして和崎が現代ウズベキスタンのムスリムの結婚と離婚をめぐる「法」制度―ウズベキスタン家族法・民法、および「法」と認識されるイスラーム法規範―の実態を報告し、竹村が討論を行なった。
 また、共同研究のメンバーは個別の研究成果を学術論文等として発表した。

研究成果の概要

[2019年度]
本研究を構成する個別の研究課題について、共同研究参加者は次の点を共有できた。
・19世紀末のヴォルガ・ウラル地域におけるムスリム司法・行政とイスラームの法的・道徳的規範については、ロシア帝国の法制度全体における家族の問題との関係を論点とし、分析できる。すなわち、ムスリムの法的・道徳的規範を分析する場合に、正教徒のそれとあわせて検討することが有効である。
・ロシア帝国でロシア語によって発表された「イスラームにおける根源的男女平等論」については同時期の中東の論壇で類似の議論が行われていたことを踏まえ、ロシアの東洋学者やムスリム知識人との人的・知的な繋がりを史資料から確認した上で、中東との人的・知的ネットワークを検討する必要がある。
・ソ連期の中央アジアの女性工場労働者を事例とする規範意識の研究には、ソ連の民族学者が収集した資料等を利用できる。それらは現代史研究資料としての批判を要するが、そこに含まれる家族をめぐる規範意識や、女性性・男性性についての語りを丹念に拾って分析する価値は十分に認められる。
・現代ウズベキスタンのムスリムの結婚と離婚をめぐる「法」制度については、今後中東との比較研究を行ない、国家制度・政策レベルと人びとの認識のレベルの双方において、様々な類似と相違を細部にわたり明確化する共同研究を行なう必要がある。
 共同研究それ自体について、共同研究参加者は、19世紀末~20世紀初頭と、1980年代~現在の2つの時期に焦点を合わせ、中央ユーラシアの内外、特に外部については中東との人的・知的ネットワークの実態を解明する必要があるという認識を共有した。

公表実績

[2019年度]
・本研究課題のための研究報告会(公開)
 第1回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会(京都大学稲盛財団記念館、2019年10月26日(土))
  ・磯貝真澄「ロシア帝政期ヴォルガ・ウラル地域のムスリムとイスラーム家族法」
  ・宗野ふもと「ウズベキスタンにおける刺繍の下絵師について:20世紀初頭からソ連時代にかけての変化」
 第2回「中央ユーラシアのムスリムと家族・規範」研究会(京都大学稲盛財団記念館、2020年2月15日(土))
  ・帯谷知可「ロシア帝国からムスリム女性の解放を訴える:O. レベヂェヴァと男女平等論の共振」
・和崎聖日「現代ウズベキスタンの結婚と離婚をめぐる「法」意識:慣習化したイスラーム法と政府法令」
・編著書・学術論文・書評論文等(著者名五十音順)
 ・Marsil N. Farkhshatov and Isogai, Masumi eds., “My Autobiography” by Ḥasan ʿAṭāʾ Gabashī in 1928: ʿUlamāʾ and Soviet Power, MEIS-NIHU Series no. 3 and Studia Culturae Islamicae no. 111, Fuchu, Tokyo: Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa, Tokyo University of Foreign Studies, 2020.
・Исогай, Масуми. Правовой плюрализм и мусульманский развод в Волго-Уральском регионе конца XIX века // Десятые Большаковские чтения: Оренбургский край как историко-культурный феномен: В 2 т. Т. 2. Оренбург: Изд-во ОГПУ. 2020. С. 67-70.
・磯貝真澄「19世紀から20世紀初頭のロシアにおけるムスリムの婚姻と法」、長沢栄治(監)・森田豊子・小野仁美(編)『結婚と離婚』(イスラーム・ジェンダー・スタディーズ1)、明石書店、2019年、146~149頁。
・磯貝真澄「長縄宣博著『イスラームのロシア―帝国・宗教・公共圏、1905~1917』」、『イスラム世界』91、2019年、37~45頁。
・帯谷知可「帝政ロシアのムスリム女性言説とその共振:A. アガエフの著作を中心に」、野田仁・小松久男(編)『近代中央ユーラシアの眺望』、山川出版社、2019年、248~266頁。
・帯谷知可・後藤絵美(編)『装いと規範 3 :「伝統」と「ナショナル」を問い直す』(CIAS Discussion Paper No. 95)、2020年。
・竹村和朗「結婚までのプロセス:エジプトの例」、長沢栄治(監)・森田豊子・小野仁美(編)『結婚と離婚』(イスラーム・ジェンダー・スタディーズ1) 、明石書店、2019年、16~41頁。
・竹村和朗「信田敏宏、白川千尋、宇多川妙子編『グローバル支援の人類学―変貌するNGO・市民活動の現場から』京都、昭和堂、2017年、365頁」、『文化人類学』84(1)、102~105頁。
・宗野ふもと「ソ連期ウズベキスタンにおける社会主義的近代化と女性:シャフリサブズ「フジュム」芸術製品工場の労働者の事例から」、『日本中央アジア学会報』15、2019年、1~22頁。
・和崎聖日「旧ソ連ムスリムの結婚と離婚:ウズベキスタンの例」、長沢栄治(監)・森田豊子・小野仁美(編)『結婚と離婚』(イスラーム・ジェンダー・スタディーズ1)、明石書店、2019年、83~107頁。
・ハサンハン・ヤフヤー・アブドゥルマジード(木村暁・和崎聖日(編訳注))「ウズベク語におけるクルアーンの解釈と翻訳について」、『日本中央アジア学会報』15、2019年、23~52頁。
・口頭報告(五十音順)
 ・ISOGAI, Masumi, “Muslim Marriages and Divorces in the Late Nineteenth-Century Volga-Ural Region,” International Workshop “Contested Legal Practices in the Long Nineteenth Century: The Volga-Ural Region, Kazakh Steppe, and Eastern Anatolia,” Tokyo: Tokyo University of Foreign Studies (Hongo Satellite), October 5, 2019.
・帯谷知可「ソ連解体と中央ユーラシア研究:開かれたフィールド、資料、協働の可能性」、『京都大学春秋講義』、京都府京都市:京都大学、2019年4月15日。(動画:https://ocw.kyoto-u.ac.jp/ja/opencourse/277)
・帯谷知可「ウズベキスタンのイスラーム・ヴェール今昔:女性の装いの規範と現代社会」、『日本トルコ文化協会特別トークセッション≪とぷかぷサロン≫』、京都府京都市:ウィングス京都、2019年6月2日。
・竹村和朗「“人民の権利のため”:エジプトの国有地返還請求キャンペーンの論理と制度化の考察」、『日本中東学会第35回年次大会』、秋田県秋田市:秋田大学、2019年5月12日。
・竹村和朗「趣旨説明にかえて:長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』の狙いと全体構成」『IG科研公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第8回集会「長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』読書会」』、東京都府中市:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2019年8月30日。
・竹村和朗「第2章第5節「むすびに:地域研究としての家族研究」(128~160)」『IG科研公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第8回集会「長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』読書会」』、東京都府中市:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2019年8月30日。
・和崎聖日「旧ソ連中央アジアのジェンダー暴力」、『シンポジウム「いま、グローバルにジェンダー暴力を考える」京都人類学研究会・日本文化人類学会近畿地区研究懇親会』、京都府京都市:京都大学稲盛財団記念館、2019年4月14日。
・和崎聖日「近現代中央アジアの宗務局とウラマー:国際交流と思想形成の素描」、『現代中東地域研究次世代共同研究会2019年度第1回「現代ムスリム知識人の地域横断ネットワークに関する研究:ウズベキスタン・シリア・リビアのウラマー・スーフィーの交流を中心に」』、東京都文京区:東京外国語大学本郷サテライトキャンパス、2019年6月23日。
・和崎聖日「旧ソ連ウズベキスタンの結婚と離婚」、『日本ムスリム協会12月公開講座』、日本イスラーム文化交流会館、2019年12月1日。
・和崎聖日・磯貝健一「ウズベキスタンでの聞き取り調査報告:2019年2月および2019年8月実施分」、『第13回近代中央ユーラシア比較法制度史研究会』、京都府京都市:京都大学大学院文学研究科附属羽田記念館、2019年11月16日。
・和崎聖日「ムハンマド=サーディク・ムハンマド=ユースフの軌跡:ウズベキスタン・イスラームにおける中道と非党派化の思想」、『公開ワークショップ:次世代共同研究会「現代ムスリム知識人の地域横断ネットワークに関する研究:ウズベキスタン・シリア・リビアのウラマー・スーフィーの交流を中心に」』、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2020年2月8日。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
研究成果の公表については、当初計画より、学会でのパネル組織による公開、および共同研究継続後の学術論文作成とディスカッション・ペーパー等の出版による公開が予定されている。このうち、学術論文の学術雑誌等への投稿による成果公開については、一定程度実施済みである(上記「公表実績」参照)。
今後の展開とあわせた成果公表計画だが、本共同研究のメンバーにさらなる専門家の参加を得てすでに、2020年度京都大学東南アジア地域研究研究所共同利用・共同研究に申請を行なった。その研究課題は、本研究課題の実施によって研究の必要が認められた、中央ユーラシアと中東のムスリム社会で家族やジェンダーをめぐる規範を普及させたところの、人的・知的ネットワークの解明である。2020年度の共同研究課題が採択されて共同研究を実施できる場合、日本中央アジア学会等の学会でパネルを組織する機会を得て共同研究の成果を効果的に公開し、さらに共同研究の成果としての論集を作成・出版する。

 

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