東南アジア大陸山地部における焼畑農業による積極的な人為的環境利用の歴史的変遷

代表

広田 勲(岐阜大学応用生物学部・助教)

共同研究員

広田 勲(岐阜大学応用生物科学部・助教)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)、Cahyo Wisnu Rubiyanto(岐阜大学連合農学研究科・博士後期課程)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

これまで東南アジア大陸山地部で広く行われてきた焼畑農業を評価する際には、耕作地に加え多様な有用植物の採取や家畜飼育等の活動が行われる休閑地が注目され、休閑地の積極的かつ効率的な利用が最大の特徴であるとされてきた。しかし申請者がこれまで調査を行ってきたラオス北部の焼畑を記述した過去の文献には、100年ほど前は処女林に近い環境の中に二次的環境を作り出し生活していたものの、現在みられるような家畜飼育はごく稀であり、また植生の遷移段階に応じた林産物採取のような効率的利用がなされていたという記述は無い。このことから焼畑の重要な特徴とされる効率的な休閑地利用はこれまで考えられてきたよりも最近形成されたものであり、歴史的には周辺と関係を持ちながら柔軟にそのシステムを変化させてきた可能性が高い。本研究は、過去の探検隊の調査報告、記者や移住者による記録や、これまで発表されてきた論文、書籍等の文献調査を、農業、植生、植物資源とそれらの地域的関係性に着目しつつ行い、この地域の焼畑農業の歴史的変遷について明らかにすることを目的とする。

研究実績状況

[2019年度]
研究期間内に、計3回の研究会を実施した。第1回は研究代表者の広田が、Pavie Missionの文献調査の結果を中心に、長期間の焼畑農業、植生、森林資源利用の変遷の概要に関する発表を行った。第2回は、共同研究者のCahyo Wisnu Rubiyanto氏が、近年まで外部社会から隔絶されてきた山地域の農村を事例として、道路交通網が整備された際の生業変化について発表を行った。第3回は、共同研究者で京都大学地域研究研究所の柳澤雅之氏が、仏領インドシナの森林・農業に関する植民地期の記述について、主にフランス語の文献をもとに発表を行った。資料収集については、京都大学東南アジア地域研究研究所の図書室を随時利用するとともに、2019年11月16日~11月22日にラオスとタイに渡航し、資料収集を行った。ラオス国立農林業研究所の図書館、ラオス国立大学中央図書館、ラオス国立大学林学部図書館、ラオス国立中央図書館、ラオス教育省教育研究所図書館、またタイでは、チュラロンコン大学の中央書店において、インドシナ半島の社会、自然環境、農業の変遷に関係する資料の収集を行った。

研究成果の概要

[2019年度]
収集した文献の調査を継続的に実施した。特に、フランス植民地期の記録をより客観的かつ視覚的な情報として使えるようにするため、一連のPavie Missionの行程が記録されている地図に出現する地名のデータベース化を進めた。2020年2月11日時点で63枚の地図からのべ約9484点の地域を地図から抽出している。またこの地図の情報とそれぞれの地域における、農業、森林、野生動植物資源、自然環境等の情報をつなげるため、関連の記述をPavie Missionの記録から抽出した。現在Pavie Mission開始後10年程度の記述について抽出、記録を完了している。依然として文献調査中であるが、主な事柄に関しては以下のことが明らかになりつつある。まず、1900年代初頭には、豊かな森林およびそれに伴ったゾウやトラなどの大型の野生動物の減少が顕著になった可能性が示唆された。植民地政府による森林資源の商品化が進み、この時期に森林利用が急激に進んだ。またかつての焼畑農業は、耕作地で粗放的な作物栽培が行われながらも、周辺の森林に生息する野生動物の狩猟活動が活発に行われており、より狩猟に重点が置かれていた可能性が示唆された。焼畑地の主作物として陸稲ととともにトウモロコシ栽培が広範囲にわたって行われていたことがわかり、一部の民族では主食として消費されているという記述もみられた。この地域の焼畑の特徴として、家畜飼育が焼畑システムに含まれることが特徴だが、家畜飼育の導入時期については先住民族であるモン・クメール系の民族には1900年代時点ではまだ広がっておらず、この時点ではこの地域に数十年前に移住してきたモン族の間で主に行われるということも明らかとなり、現在みられる焼畑システムとの差異が顕著であることが明らかとなった。

公表実績

[2019年度]
出版、論文
・広田勲(2019)ラオス北部ルアンパバーン県におけるタケ資源の複合的利用-シェングン郡4カ村の事例-.Bamboo Journal 31:11 – 21.
・広田勲 タケのドメスティケーションに関する一考察 ―攪乱環境に適応したタケと東南アジアの焼畑村落の親和性― 卯田宗平編『脱ドメスティケーション論(仮題)』(東京大学出版会から2020年度刊行予定)

公開シンポジウム
・広田勲(2019)東南アジア大陸内陸部の農業が作り出す環境と多様な植物資源 岐阜大学70周年記念事業

学会発表
・広田勲, Singkone XAYALATH(2019)ラオス北部ルアンパバン県のタケ利用―山地および山間盆地の農村の事例― 第29回日本熱帯生態学会年次大会(札幌)

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
「研究成果の概要」で報告した通り、現在Pavie Missionの全活動、全行程のデータベース化を進めている。地名の抽出については90%近く終了しているものの、座標情報の入力が済んでおらず、作業を進める必要がある。また、現在中抽出し蓄積している農業、森林、野生動植物資源、自然環境等の情報と地図中の情報を結合し、地図上で過去の記録を可視化できるようにする予定である。このことにより、空間的に広範囲にわたる過去の記録がより容易に把握できるようになり、過去の自然環境や農業が復元できる。また同時代や1900年代前半までの記録と重ね合わせることにより、経時的な変遷を明らかにできる可能性が高い。研究成果の公表については、東南アジア地域研究研究所の柳澤雅之氏が進めている過去のフィールドノートのデータベースに本情報を統合することによって、より汎用性の高い情報として利用できるようになる。また、本プロジェクトの作業進捗について、ワーキングペーパーや研究ノートとしてまとめる。最終的には論文や書籍等の出版物として成果の公表を行う予定である。 

 

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