グローバル化・都市化時代のベトナム農村研究手法の再構築

代表

藤倉 哲郎(愛知県立大学外国語学部国際関係学科・准教授)

共同研究員

小川 有子(東京理科大学理工学部・非常勤講師)、澁谷 由紀(東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門・特任研究員)、藤倉 哲郎(愛知県立大学外国語国際関係学科・准教授)、古橋 牧子(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科・特別研究員)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

2019年4月~2020年3月

目的

2000年代後半以降のベトナム地方経済の急速な発展は、村外の非農業就労機会や都市・外国の消費市場と農村との結びつきをさらに強め、農村自体の都市化さえ進行させている。これに対して、近年のベトナム農村研究は、「農村がますます農村ではなくなってきている」現状を前にして、明確な学術的視点や枠組みを提供できずにいる。そこで本研究では、社会経済に変化をもたらす要素がますます複雑化し、また狭い範囲内でも多様化増す農村を対象とした研究について、おもに農学・歴史学・経済学・社会学の視点から論点整理をおこない、研究視点の構築を試みる。
具体的には、過去数年で蓄積されている紅河デルタ(おもにナムディン省)およびメコンデルタ(おもにティエンザン省)の長期村落調査データのデータベースを構築し、農村形成史や農業・農村開発史といった中長期的視点と、生業の多様化と所得格差および家族構造の変化といった短期的視点から、現在のベトナムの農村社会経済変容を長期の歴史のなかで把握するための視点や取りうる研究手法を構築することを試みる。

研究実績状況

[2019年度]
紅河デルタのバッコック・ムラで1993年から実施されてきた村落調査データから、①5年に1回の集落悉皆調査データ、②聞き取り調査のディスクリプション、③写真データ(家屋写真及び定点写真)に分けて、データベース化とアーカイブ化のあり方を検討しながらそれらの構築に取り組んだ。データベース化は、ソフト普及状況や廉価であることを重視し、マイクロソフト社ExcelとAccessを利用した設計を中心に検討した。①について、1995年以来5次にわたるデータのあいだで個人の同定作業(個人ID付け)と、調査項目の若干異なる年次データ間を横断してデータを抽出するためのシート設計を実施し、個人データ(性別、年齢、出身地、現住所、職業など)のデータベース構築に取り組んだ。②③については、①のデータベースにどのように紐づけて可視化するかを検討した。また、これらの作業とは別途、バッコック村落調査の記録集である『百穀社通信』をCIRASディスカッション・ペーパーとして再刊し、2006年以降の調査内容の一部を収録した。
※当初、メコンデルタとの比較も想定した複数の村落調査データ・セットを用いたデータベース構築を念頭に入れていたが、構築に膨大な時間と労力がかかることが早々に明らかになり、紅河デルタ村落調査データからのデータベース構築と成果発表に注力することとした。

研究成果の概要

[2019年度]
今年度の最大の成果は、個人IDの付与を含む集落悉皆調査のデータベース化である。これにより、これまでのデータ利用が各年の集計値の比較(たとえば異なる調査年のあいだの平均学歴の比較など)にとどまらざるを得なかったものから、1995年以来収集されてきた個人データをパネルデータとして利用できることになり、長期データとしてのデータの利用価値を格段に増すことに貢献した。このデータベースを利用した人口分析によって、青壮年男性の村外流出が想定以上に顕著であることが判明した。これは、過去の悉皆調査の設計において前提とされていた、農村在住者を前提に個々の世帯の経済状況を把握するという手法の限界を示し、後の悉皆調査においては、村外在住家族の基本的情報の収集を系統的に盛り込むことが課題として認識された。また個人IDを前提に、過去5次の調査を横断した世帯の復元の試作版が完了し、悉皆調査の世帯レベルのパネルデータ化の検討のたたき台を得た。

公表実績

[2019年度]
・藤倉哲郎・小川有子・柳澤雅之(2020年3月)「長期村落調査データを用いたベトナム紅河デルタ農村における人口変動の基礎的分析」『国際文化研究科論集』愛知県立大学大学院国際文化研究科第21号(研究ノート)pp.173-187。
・ベトナム村落研究会(柳澤雅之・澁谷由紀・藤倉哲郎・小川有子編著)(2020年3月)『百穀社通信』第18号(CIRAS Discussion Paper No.96)。

研究成果公表計画, 今後の展開等

[2019年度]
本邦にかぎらず、調査地においても、研究成果公表のデジタル化やオープンソース化の進展と並行して、プライバシーへの適切な配慮、個人情報の厳重な管理の必要性が急速に高まっている。こうしたなか、本研究ユニットで構築を進めているデータベースへのアクセス権や匿名化処理のあり方についての検討が課題である。他方、データベース化により、長年蓄積されてきた調査データの利用とくに過去20年余の村落経済社会変容の分析への可能性が開かれている。今後、データベース化を、世帯を単位としたデータベースの構築へと段階を進めるとともに、データベースを使った分析にもとづくさらなる知見を、2020年に予定されている第6次悉皆調査の設計に生かすことで、長期村落調査の継続を展望している。

 

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